ついて行ってはいけません。

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三人は20代後半の若い女将さん1人で切り盛りする、ビルの一角にある小さな居酒屋に入った。 まだ日も明るいからか、他に客はおらず三人がカウンターに陣取ると直ぐに冷えたおしぼりが配られた。 着物姿のよく似合う、白い肌に穏やかな目元と少しぷっくりとした唇が若さと色気を感じさせる女将さんだった。 息子さんは一度しか来た事がなかったというが、女将さんはちゃんと覚えていた。 「今日もビールでいいですか?」 そう息子さんに話しかけたあと、俺とウサ耳男に注文を尋ねた。 女将さんは珍妙なふたりに動じる風でもなく、笑っている。 如何にも飲めそうな二人だが、酒がとんと飲めない(たち)だったので、ウサ耳はフルーツ牛乳をオーダーするも玉砕して、俺がこういう時はお付き合いなんだと教え諭してビールを頼むことにした。 「「「乾杯!!!」」」 落ち着いたところでこれからどうするのかと息子さんに改めて尋ねてたら、両親にも相談しようと思うと言う。 その晴れ晴れとした表情に、ふと女将さんが不思議な顔をして聞いてきた。 以前の彼は、女将の記憶に残るほど暗く絶望が顔に貼り付いていたようだ。 「嫌な上司が居なくて、罵倒されなかった初めての日だったんだ」 「そう、あなたはあれからも頑張ったのね…。偉いわね」 女将さんが、安心してほぉぅとため息をついてまた笑顔を見せた。 息子さんと別れ、ウサ耳と俺が千鳥足気味で下宿先に戻るとすでに深夜だった。 ウサ耳男は、いつものように折目正しく雑魚寝をしたが翌朝忽然と姿が消えていた。 ちゃぶ台の上には、きちんと宿代と(おぼ)しきお金と読めない手紙が置いてあった。 俺は読めないながらも、何となく礼状だろうと思い尻ポケットに入れて出勤した。 ウサ耳がいない週末に、間取さんが売り捌いてくれたラッキースポットの公園でフリマに出店しつつさゆりちゃんとふたり芝生に寝転んでひつじ雲を眺めていた。 あの後さゆりちゃんとふたりでウサ耳の手紙を読めないながら読んでみようと思い至ったが、どう探しても手紙は消えて見当たらなくなっていた。 「どっか遠くに行きたいなぁ…」 「ウサ耳が来たら、今度はついて行こうぜ」 そだね…とさゆりちゃんは、雲のようにふわふわと返事をしてから、そう言えばとウサ耳の残したお金の事を聞いてきた。 そういやぁ、いくら置いてったか数えてなかったので財布を見るとお金はものの見事に消えて無くなっていた。 ウサギに騙されたか…。 からからとふたりで笑いころげた。 あの胡散臭い笑顔が見れなくて寂しいものの、探そうにも一体何処から何のために来たのか結局分からず終いだった。 あいつの目には、俺たちどんな風に映ってたんだろうなぁ、聞いておけばよかったと思う。 あいつは笑った顔ばかりで、殆ど喋らずただついてくるウサ耳。 ついて来いとは言われなかったが、今度はついて行ってみたい俺達だった。 後日談だが、ウサ耳をモデルにしてオブジェを作ってあの社長に売りつけたら、大層喜んでアイツが言ったゴミのオブジェの替わりに今は本社ロビーにでっけぇウサ耳が胡散臭そうに立ってるんだ。 それでもアイツはやっぱり言うんだろう。 「何だかゴミのような作品ですね」
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