ついて行ってはいけません。

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いつものように鷺ノ宮駅の改札口を出ると、目の前にひときわ背が高い胡散臭いウサ耳の男が立っていた。 彼の貼り付けたような取ってつけた笑顔のあまりの胡散臭さに、目を合わせないように素早くスルーしていつもの家路に向かった。 商店街のウィンドウをひやかしながらぷらぷらと歩いて、家で待っているであろうプリティーなさゆりちゃんのために何かお土産をと見ていると、ウィンドウには俺の後ろにひたりと付いてくるウサ耳男が映り込んでいた。 「うわ!お前、ど、どうした⁈」 慌てて振り返ると、首をコテンと可愛らしく傾けて考えている。 「どうした、というのはどういう事ですか?」 「いやいやいや…。どうしたというのは、どうしただろうが!いや、どうして俺の後ろをついて来るのかって事を聞いてんの!」 組んでいた長い腕を(ほど)いて、右手を顎に付けて考える人ポーズを取るウサ耳男は、またコテンと首をかしげて胡散臭い笑顔のまま考えている。 「そうですね…強いて言うなら怪しい人について行ってはいけませんから」 「は⁈」 意味わかんないし。 脳みそ溶けてる感ぱねーな。 なんて思ったが、ウィンドウに映るふたりを見比べても、それでも俺のほうがかなりの怪しさなのだ。 俺は現代芸術家である。 まだそんなに売れてはいないけど、いつか売れる日が来る! あ、先日なんかさゆりちゃんの友達の間取(まとり)さんが、半端ない売り上げをぶちかましてくれたんだった。 そのおかげで、俺の懐はすでにクリスマス! とはいえ、それだけでは食っていけないので普段はちゃんとサラリーマンをしている。 アングロ・サクソンの血が入っている俺は、ガタイがいい。 身長2メートルはゆうに超えて、作品のオプジェを創るために鍛え抜かれたこの胸板や腕の逞しさといったらギャングの闘争でも盾になれるインパクトがある。 その上、芸術家っぽく仕上げたピアスの連打が頭部をオプジェ化しているところへ、元からの金髪に銀紫やらのユニコーンカラーでできた頭髪が乗っかっているのだ。 こうして並ぶと、ウサ耳のほうが愛嬌があるようなスリムで淡麗な容姿で、衣装もシンプルにアリスに出てくる執事のようなきちんとした正装である。 胡散臭さでは、どう見ても俺に軍配が上がるようだ。 そんな俺は、英語がネイティブなおかげで外国人旅行者の通訳会社で添乗員をしているのだが、子どもが俺の容姿にギャン泣きしてもクビにならないくらい評判は上々なのだ。 とりあえず何だか訳がわからないふたりが、狭い商店街の道路を閉鎖するように突っ立っているのもご近所さまの迷惑なので俺は再び歩き出すことにした。 予想通りにウサ耳男はぴょんぴょんならぬ、トコトコとついてくる。 商店街の先を左折して、細い道に出ると一転して人気(ひとけ)のない住宅街になる。 そこから更に歩いて行くと、新青梅街道に出る少し手前に俺の下宿先がある。 大家さんの家の裏庭を通って、離れとなっている2階を借りてもう10年程になるだろうか。 古いからと言って格安に借りられている上に、作品置き場に車庫を貸してくれたり、煮物を一杯作ったからとくれたり親切な大家夫妻なのだ。 俺もこう見えて律儀な男なので、家賃滞納は一度もないのが自慢である。 ちっちぇえ自慢な、と自分でツッコんで笑ってしまった。 そんな不埒な事を考えている間に、いつもより早く下宿先に着いてしまった。 あ、灯がついている。 さゆりちゃんが来ている。 灯のある家に帰るのは、やっぱり良いな。
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