ついて行ってはいけません。

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夕方家に戻ると、昨日と同じように灯がついていた。 何故だかちょっぴりほっとした。 だけど部屋に上がると誰もいなくて、ちょっぴり胸がひゅーって鳴った。 そうしたら大家さんが大声で、こっちにいるよと呼んでくれたので行ってみるとさゆりちゃんとウサ耳男が呑気に大家さんちで夕飯をご馳走になっていた。 「お先に失礼して食べ始めてました」 礼儀正しくウサ耳が詫びを入れてくるので、何だか可笑しくなって笑ってしまった。 わいわいと食べるご飯は、美味しいものなんだよね。 大家さんちは、今はお年寄りのご夫婦だけなのでこうした夕食は昔のようだと喜んでいた。 お二人には成人した長男がいるが、どうやら馬が合わずに大学進学や就職とともに完全に出て行ってしまったらしい。 そして残念なことに就職先がブラック企業だったようで、もう2年になるが精神的に参っているようだと彼の同級生が近況を耳にしていた。 大家さん達が心配で連絡したけれど、意地を張っているのか辞めないつもりだと言って電話はすぐ切られてしまったという。 しかし我が子の声が、弱っているのを感じ取れないはずは無い。 仕方なく二人でそっと会社を訪問したのだが、相手をしてくれた上司からは息子の悪口しか聞かされなかった。 辛い辛い思いをしたという。 息子はもっと辛い思いをしているのに違いないと言って、食卓はしんみりとしてしまった。 するとさゆりちゃんが、明日このふたりが何とかしてくるからさ大丈夫任せなよと、大見得を切っていた。 このふたりというのは、他でもない俺とウサ耳男の事だろう。 びっくりしたけど考えるのは明日にして、今日はこの美味しい煮付けを食べましょうと俺はもくもくと食べ続けた。 ウサ耳男は、こういう時に役立つのかと思うほどタイムリーないつもの胡散臭い笑顔が貼り付いたままの顔でご飯をほうばっていたので、大家さん達は勝手に安心し切ってしまったようだった。 こうして腹一杯になってから、銭湯に今夜は大家さん達も合わせて五人連れで出かけた。 大家さんの背中は思ったよりも小さくて、なんだかいつも頼りにしていたのと違って頼り無く見えた。 僕の一手であっという間に洗い終わってしまえるくらい、小さな小さな背中だった。 「気持ちいいねぇ。洗ってもらうのは何年ぶりかなぁ」 大家さんはそう言って、笑顔でラムネをご馳走してくれた。 ウサ耳も今日はラムネにすると言って、ぷはぷは言いながら美味しそうに飲んでいた。 そうしてまた、いつの間にか雑魚寝をして朝になっていた。
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