イチャイチャしつつ、性交渉です

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イチャイチャしつつ、性交渉です

 アルファの溺愛は愛の妙薬よりもあまく、溶かしてやまない。  そんな科白が、このイカれた世界にある。  魔法使いがうじゃうじゃと存在し、アルファがオメガを求めてやまない、人と魔獣が入り混じったこの狂った娑婆に。  玄関扉のブザーがけたたましく鳴り響いて、ぼくはソファから起き上がる。  掃除と片付けは完璧。  トイレはピカピカ、廊下にはチリひとつない。寝室のカーテンは閉じられ、すでにダウンライトが頼りなげにやわらかく茜色に照らされている。  もちろん、サイドボードの下にはティッシュにコンドーム、それに漏らしたときのためにバスタオルも畳んで隠して用意してある。  準備万端というところか。  ちなみにこれはおとり捜査でもないし、こんなことはだれにも知られたくない。知られたら最悪すぎる。  手にした魔工具のスマフォに目を落とす。  画面には「ララバイ☆サブスクアルファ~魔防法の前にお試しアルファの恋人(仮)~」が艶やかな文字でチカチカと輝いていた。  落ち着くんだ、ニア。  初めてのサブスクアルファだ。    相手の名はリル。男。第二の性はアルファ。  年齢二十代前半、身長190以上、体重平均値。  性格は穏やかきゅるるん、癒し系。  チェンジ二回まで。  期間は半年。お試し期間は三ヶ月。  性病検査は提出済み。  獣人で犬科。できればレトリバー希望だ。  サブスクと名はつくが、いわば風俗(デリヘル)。  対象はオメガだけだったが、昨今の経済事情でベータの客も取り込んでいるらしく、多種多様の客層を抱える大型店舗。    むりやり襲われそうになったら、すぐに胸ポケットにある魔法省の警察手帳をつきつけて相手を畏縮させればいい、はず。  トントンと申し訳ない程度のノックが聞こえた。一枚の扉を隔てて相手がいるとわかると、ドアノブにかけた手が震える。 「あの……、アプリから連絡いただいているララバイ☆サブスクアルファのものです。こちら、ニアさんのお宅でしょうか……」 「そうです……。ニアです。中種のチンチラです」 「よかった。重種ならナワバリが強固だからアパートを間違えたと思った……」 「ど、どどど」  どうぞ中へがいえない。  細くひらいた隙間から、貴公子然とした青年が頼りなげにこちらをみつめている。  この瞬間と例えるならば、ビビビッときたというところか。それとも矢に刺さったというところか。  まさに運命。天使。凶悪犯じゃなくてよかった。もし指名手配犯なら現行犯で逮捕している。 「あの……?」  あまりに見過ぎだのか、お相手が固まっている。 「あ、あ、あ。すみません……」 「いえ、こちらこそ遅れてごめんなさい。違うアパートメントだったらどうしようと思っていたので安心しました」  ふうとついた安堵のため息も軽やかで、湖畔の静謐な空気がただよってきそう。  顔面偏差値は特上の国賓級。プロフィールよりも写真写りのよい美青年。  癖っ毛の黒髪に、目鼻立ちはすっきりとしていて瞳は青みを帯びた黒。まるで吸い込まれそうなくらい澄んだ目だ。 「あの…、どうしましたか?」 「はははははははい。中へどうぞ……」  眩いほどの神々しい光に包まれて、彼は玄関に入る。優雅な動作で手を差し出して、その手を握ってすぐに現実に引き戻される。  彼は丁寧に一礼して僕を見上げた。その吸い込まれそうな瞳にくらりとしてしまう。 「はじめまして。サブスクアルファのフェアリーズリリリルーです。リルと呼んでください。よろしくお願いします」  なんつう源氏名なんだというツッコミはひとまず置いておこう。まるで妖精か精霊みたいな名前じゃないか。  それでもだ。ぼくは背中に羽根がついてないか確かめようと思えないほど緊張していた。両手の指をまっすぐ第二関節まで伸ばしてただ突っ立ってうなずいていた。 「は、はひ」  しまった。  この瞬間で、ぼくの第一印象は地に落ちた。  さらにぼくはフェアリーズリリリルーという噛んでしまいそうな名前に、あわてふためいてまた舌を噛んでもう一回落ちた。 「緊張しているんですね。ぼくも同じです。では、まずはアロママッサージからしましょう。もちろん初回特典という形でたっぷりとサービスしますよ」 「はい……。よろしくお願いします」 「もう家の中に入ってもいいですか? お試し期間はキスとおさわりだけで、本番はありませんが楽しんでいただけるようにがんばります」 「ど、どどうぞ……よろしくお願いいたします」  礼儀正しくされると、客なのにこちらも丁寧に返さざるを得なくなる。 「今日が初出勤なんです。よろしくお願いします」    にこりとこぼす眩しい笑顔。やっぱり運命なのかもしれないと勝手に二回ほど思った。  人を招き入れられる程度になった寝室に案内し、彼はほほ笑みながらぼくのあとについてきた。  ただただ緊張して、うつ伏せになりながらマッサージをされつつ、絨毯箒交通安全法を唱えていたのだけは憶えている。
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