第五章

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02  あの日、祭の会場の敷地に隣接した誰もいない文化施設の庭園内で、建物の壁に縫い付けられるようにして順平と立ったまま初めて結ばれた後、洋太はあまりの快感に気を失ってしまって、そこから先の記憶がなかった。  翌朝、目を覚ますと自宅のリビングのソファに寝かされていた。いつの間に着替えたのかTシャツに短パン姿で、当日着て行った浴衣や帯は、洗いに出すために母の手で綺麗に片づけられていた。  順平の目の前で、自分の手で脱いだはずの下着もちゃんと穿いているし、そもそも濃厚すぎる行為で乱されて、浴衣がかなり着崩れていたはずなのだが、母も姉も特に何も言わなかった。順平が家まで送り届ける前に直してくれたのだろうか?  洋太は、確かに前夜はとても人に言えないような濃い体験をしたはずなのに、家で目を覚ました後は、家族の様子といい、いつもの日常に戻っているので、もしかしてあれ夢だったのかな……? などと狐につままれたような感じがしていた。  しかし、シャワーを浴びようとして自分の部屋に戻り、何気なくスマホを確認したところで手が止まった。昨夜、駐屯地に帰った後の順平から立て続けに十通以上のLIMEが来ていたのだ。その内容というのが――。  祭の熱気に当てられて興奮し、初めての洋太を立ったままで抱くなど、つい無茶をさせてしまったかもしれない。あの後、体は大丈夫か? 腰や背中など、どこか痛いところなどは無いか? 自分が激しくし過ぎたせいで気絶させてしまって、あれから気分は悪くなっていないか? 配慮が足りず本当にすまなかった、云々……。  といったような内容が、いまだにスマホの入力に慣れない順平のややたどたどしい文面で延々と書き綴られていた。 (うわー……なんか、凄い順平に心配させてた……。ていうか、あれ本当に、夢じゃなかったんだな……)  急に、前夜の順平との行為が細部まで生々しく思い出されて、洋太はスマホを握りしめたまま耳まで真っ赤になった。心臓がどきどきと外に聞こえそうなほど高鳴って、思わず一人きりの自分の部屋できょろきょろと周囲を見回す。  あの祭の夜の、ライトアップの白い光に照らし出された庭園の景色が、いま目の前にあるように鮮やかに蘇って来た。  同時に、自分を大事そうに抱きしめる順平の逞しい腕や、厚い胸板の温度も。  順平がすぐ近くまで顔を寄せて、うっとりしたような熱っぽい眼で見つめながら、低くて甘い声で何度も洋太の名前を、耳元で囁くように呼ぶ。  自分の肌の柔らかくて、感じ易いところを執拗に愛撫する男らしい長い指と、唇の隙間から差し込まれて口中を暴くように舐め回す熱い舌の感触。  体の一番奥まった内側で焼けた鉄の棒のように脈動し、何度も腰を突き上げる硬く張りつめた質量と、そこから生み出される目も眩むような快感の奔流――。  それら一つ一つを思い出すだけで、洋太はまた全身が熱くなり、下半身が疼いてきて、ぼうっとして気が遠くなりそうだった。 (おっと、いけない。きっとまだ心配してるから、早いとこ順平を安心させてやらなくっちゃな……)  洋太がスマホを操作して「昨夜は家まで運んでくれてありがとう。体は何ともないから大丈夫。すげー気持ちよかったよ!」と笑い顔のスタンプ付きで送信すると。  直後に、順平からホッとした顔のスタンプが返信されてきて、洋太を驚かせた。今は朝だから、課業開始ぎりぎりまでスマホを覗いていたのだろうか? いつものクソ真面目な順平の顔が浮かんで、洋太がふふっと微笑んだ。 「洋太ー? ご飯とお味噌汁を温め直しておいてあげるから、早くシャワー浴びてきちゃいなさい」  一階から母親の声がして、洋太が顔をそちらに向けて返事をする。姉はもうとっくに会社に行ったようだ。 「うん、そうするー」  洋太がスマホを充電器に載せながら、開け放したカーテンから朝日が差し込む寝室をぱたぱたと小走りに出て行った。  あの濃密な夜を過ごした祭の後の休日だから、実質二回目のデートの最中だった。  洋太はK市の国道沿いのファミレスで順平と向かい合って座りながら、少し戸惑ったような顔でテーブルの上に並べられた数枚の紙を眺めていた。午後の強い日差しの中、外でセミが鳴いている。  それは順平が複数の不動産屋でもらってきた物件の間取りや家賃、敷金礼金などが記載されたコピーだった。 「えーっと……順平はさ。ほんとに、オレと一緒に暮らしたいの……?」  洋太がおずおず質問すると、目の前に座った順平が本気そのものの顔で頷きながら答えた。服装は、いつものTシャツとカーゴパンツに戻っている。 「ああ。今日からでもいいくらいだ」 (やべえ……眼がマジだ……)  あわてて顔を横に逸らした洋太が、異様な空気の場を持たせようと、テーブルの上で溶けていた砂糖漬けレモンと練乳クリームが乗ったかき氷をスプーンでつつく。  そうしながら横目で物件のコピーを改めて眺めた。困ったように眉が下がる。  唐突にこの日、こういうところで二人で暮らそう、と言って順平が選んできた物件というのが。洋太の眼からは、何というか……価格帯といい、築年数といい、和室がある間取りといい、妙に”生活感がある”というか……まるで「子供が二人くらいいる夫婦が住みそうな部屋」みたいに感じられたのだ。  いくらなんでも、付き合い始めて数日のカップルが検討する物件ではないだろう。いや、そもそもタイミング的に「物件を検討」って何だ? という心境だった。 (もしかして……順平は、オレと……もう、って思ってるのかな……? オレたち、まだ一度エッチしただけなのに……?)  わずかに頬を赤らめながら、洋太はひっそりと思った。そう考えると、今日の順平の色々なことに辻褄が合う気がした。  友人同士だった頃は、カフェでもどこでも洋太が行きたいという店に入っていたのだが。急に今日になって、順平が謹厳(きんげん)な顔つきでこう言ったのだ。 「K市の観光エリアの飲食店はどこも値段が高い。二人の”これから”のことを考えて、飯はファミレスかバーガーショップにして節約しよう。映画も高いから月一回まで」  今までそんなことを言われたことがなかったので洋太が面食らっていると、二人で初めて入ったファミレスの座席のテーブルに、順平が例の物件の紙をチェストバッグから出して広げながら話し始めたのだ。 「あのな洋太、考えたんだが。その……デートの後で毎回、ほ……ホテルとかに行くのも金が掛かるだろう? だから、いっそのこと二人で、こういう部屋を借りて一緒に住む、というのはどうだろうか?」 「え……?」  あまりの突拍子もなさに、洋太はぽかん、と口を開けたまま順平を見つめ返した。そういうネタ? と笑おうとし、目の前で少し赤い顔をした順平が、あまりにも真剣な眼差しでこちらを見てくるので、途中で笑いが消えてしまった。
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