第五章

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04  洋太は商店街の整体の診療所で佐野やマクレガーと会って話した日の夜、珍しくLIMEではなく電話で順平と長時間話した。  普段の順平は課業後も翌日の準備などで色々と忙しい様子だったが、この時は洋太の口調から何か察したのか、消灯前にどうにか時間を作ってくれた。時折、車の音がしたのでおそらく隊舎の外に出て話していたのだろう。  昼間、佐野と話した内容から自分なりに考えたことを、洋太は正直に話した。順平のことは大好きだし、出来るだけ一緒に過ごしたいという思いは同じだが、自分には実家の寺のこともあり、すぐに完全な同棲というのは難しいと思っている。  だから、まずは双方の通いやすい場所にワンルームマンションあたりを共同で借りて、街中でのデートの代わりに、そこで休日を過ごすところから始めてはどうか? これなら当面、自分のほうは「ラン講師の副業用の拠点」とか家族には説明できる。  それから、二人でするエッチについても。順平とするのは本当に気持ちよかったし、だから決して嫌なわけではないのだが、自分の体調とか仕事の状況などのタイミングによっては、順平の求めに応えてやれないこともあるかも知れない。そのかわり、したいと思っている時には自分も正直に言うし、積極的に協力するつもりだ。  一緒に過ごす時の金銭の使い方についても、わずかに感じていた違和感を話した。順平が二人の将来を考えて節約しようと言ってくれているのは、正しいと思う。けれど、そのためにあまりにも生活の潤いみたいな部分まで全部削ってしまうのは、自分としてはちょっと違うように感じる。  たまには二人の好きな美味しいものを食べたり、楽しい時間を一緒に過ごすことが、会えない日々の支えになっていることもあると思うからだ。なので今度からは、食材を買って二人で自炊にも挑戦してみよう……等々。  時折短い相槌を打ちながら話を聞き終わった順平が、ぽつりと「……凄いな……」と言った。洋太が何のこと? と訊くと、自分にはとてもそんな風に、思ったことをちゃんと言語化は出来ないから……というような意味のことを、訥々と話していた。 「オレは言葉が足りないと先輩や同僚からもよく言われるから、今回もきっと自分では気づかないうちに、洋太にプレッシャーを感じさせていたと思う。一人で先走ってすまなかった……。全部、洋太の考えた通りでいいと思う。それで行こう」  ここでちょっと言葉を切って、わずかに恥ずかしそうな声で言い添えた。 「その……エッチのことは、本当に申し訳なく思う。お前の体調が良くなかったり、気分が乗らない時に、無理強いするようなことは絶対にしないから、安心してくれ。一緒に心から、気持ちいいと思えないと意味がないからな……」  順平が済まなそうにしているので洋太も少し気の毒になって思わずフォローした。 「あ、この間のが激しすぎて嫌だったとか、そういうのじゃ全然ないからな! 逆に、凄い気持ちよかったから……よすぎて止まらなくなっちゃったら心配だな、ってくらい……な、何言わせるんだよ……」 「洋太……そんなに、よかったのか……。早く、また抱きたい……」 「うん。オレも……早く順平に会いたいな……。そうだ、今度の休日は、二人で一緒にワンルームの部屋見に行こうぜ。オレ、風呂とトイレが新しくて綺麗で、ロフトがあるところがいいなー」 「いや……あまり贅沢は……。まあ、そうだな……一緒に見て回って決めるか……」  電話の向こうで順平が、(かな)わないな……という感じで苦笑しているのがわかった。とはいえ、その声には幸福感が溢れていて、洋太は佐野の助言通り、ちゃんと二人で話し合うことって大事なんだな、としみじみ思っていた。  次の休日。洋太と順平はデートの代わりに二人で市電を乗り継いで、ネットで内見予約をしておいた候補のワンルームマンション何カ所かで不動産巡りをした。  真夏は不動産屋の閑散期なので、スムーズに内見は進み、そのうちの二件が洋太の気に入ったのだが。片方はロフトがある分、家賃が高くなるので、順平の説得で分離式のトイレとユニットバスが新型で広めのほうに決定し、早々と契約した。  名義は同じK市に住んでいて通いやすい洋太にしておいて、家賃は毎月折半(せっぱん)することにした。最初、順平が自分一人で全額払うと言っていたのだが、そこは洋太も譲らなかった。あくまで「二人の部屋」なのだから。  こうして一緒にゆっくり過ごすための小さな部屋を手に入れた順平と洋太だったが。さっそく入居し、うきうきと家具を揃えて”休日だけの二人暮らし”を始めたその日の夜から、洋太は恋人の底知れない性欲に今さら驚かされたのだった。  その夜、洋太は順平の濃厚な愛撫に、覚えてるだけで五回もされてしまった。  K市が海水浴客で賑わった夏が終わろうとしている頃。二人で過ごす休日にも慣れてきた、とある日の遅めの朝に、洋太と順平がワンルームの近くにある、洋太のお気に入りのハンバーガーショップでモーニングセットを食べていた時だった。  前夜も激しく求めあった余韻で、少し寝不足の洋太が、パジャマ代わりのTシャツとハーフパンツ姿で寝ぐせのついた頭のまま、窓際の座席で順平に口を開けて、ざく切りタイプのフレンチフライポテトを食べさせてもらっていると。  ゆっくりと目の前を通った軽自動車の運転席にいる女性と眼があった。  そこには、洋太の姉の歩美が、ハンドルを握ったまま、驚きであんぐり口を開けてこちらを凝視していた。
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