第一章

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 二人分の食べ終わった食器類をきちんと洗って、日頃の習性から1ミリのずれもなく棚へ片付けてから、順平は一人で部屋の壁にもたれて片膝を立て、長い脚を無造作に投げ出し座っていた。  バスルームに行く前に洋太が、待ってるあいだ順平が退屈しないようにと机にセットしておいてくれたタブレットの画面から、洋太の好きなお笑い配信番組の騒がしいBGMや笑い声が、うつろに響いている。   ぼんやりとそれを見るともなく眺めている、日焼けした精悍な横顔。  もしもこの瞬間、他の誰かが順平の顔をのぞき込んだとしたら、恐らくゾオッ……と背筋が冷えるであろうほどの虚無の表情しか、その両眼には浮かんでいなかった。  しばらくすると、無表情に動画を止めて立ち上がり、ワンルームの部屋の中を所在なさげに歩き回ったり、バスルームのほうをちらちらと見やったりし始めた。だんだん焦れてくる表情。  しまいにバスルームの前で仁王立ちになってドアの一点を睨みつけるようにしたり、ため息をついて天を仰いだり。聞こえないようなごく小さな声で、低く「まだか……まだか……」と呟いたりしている。   一部の親しくない人間からは、何をしでかすかわからない狂犬のように思われているふしもあるが、自分が懐いている相手と約束をしたことについては、ささいなことでも決して違えない不思議な義理堅さのようなものが順平にはあった。  シャワーの音が止まった。ハッ? となった順平の視線の先でガチャリとドアノブが動いて、細く開いた隙間からひょこっと濡れた洋太の顔がのぞいた。   予想外に目が合って驚く洋太。  「……うわ、そこで何してんの?」 「べ、別に……早かったな」  上気して水滴をしたたらせている洋太の淡い桜色の首筋が、やけに色っぽくて正視できず、目線をそらす順平。洋太が口をとがらせながら続ける。 「まだ終わってないよ。ただ……何してるのか気になって。あのさ……」 「……?」  わずかに首を傾げてこちらを見返す順平の表情は、いつもの鋭い威圧感が嘘みたいな、無邪気と言ってもいいような純粋さで。   こういう顔をする時の順平を見るたびに洋太は、どこか、自分が幼い子供をひとりぼっちで置き去りにしてしまったかのような、そんな後ろめたさを感じるのだった。  濡れた睫毛の下から順平の顔を上目遣いにしながら、洋太が赤い顔でちょっと躊躇いがちに声を掛ける。 「……一緒に、入るか……?」  思わず息を呑む順平。   と、次の瞬間には凄まじい勢いで服を脱ぎ始めて、ものの三秒でもう全裸になっていた。 「早っや‼ だから、なんでそんなに色々高速なの?!」 「自衛隊なめんな」 「そんなドヤ顔されても。まあ布団とかも畳むのキレイだよな……」 「無駄口は後にしろ……洋太」 濡れて短い髪が張り付いた洋太の顔を大きな両手で包みながら、順平がたっぷり感情のこもった熱いキスをした。
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