9人が本棚に入れています
本棚に追加
2週間後
酒井は奈々に大事な話が有るから休みを取って欲しいと
電話を入れた、酒井の声を聞き、最初は嬉しそうに
対応していた奈々は、酒井の有無を言わせぬ言葉に
一抹の不安を抱えて、休みを取りますと電話を切った
酒井が指定してきた木曜日、紺のビジネススーツで
駅前のロータリーに立ち、奈々の美貌にサラリーマン達は
視線を送り通り過ぎて行く
約束の5分前、黒い大型車が奈々の前に止まり、助手席の
窓が音も無く下がり、運転席の酒井の姿を見て、奈々は
助手席に座り 車は街の中を抜け高速を走り始めた
「 何処へ、行くのですか? 」
助手席に座った時に、待ったかと聞かれて返事を返し
その後無言で運転する酒井に、奈々は何を
話したら良いのか、話の糸口も見つけられないまま
走り抜ける街中の風景に視線を送っていた
車が高速を走り始めた時、初めて奈々は酒井に尋ねた
「 〇〇温泉 」
吐き出すように言い、無言のまま車は走り続け
途中のサービスエリアで、軽い昼食を勧められ
奈々が食事を頼んだ時、私は余り食欲が無いからと
酒井は珈琲を頼み、奈々が食事を終えるのを待って
〇〇温泉へ車は走りだした、インターチェンジを降り
田舎道を車は走り、途中を左折して、農道の様な
坂道を登り切った処で視界が開け 右手に建物が見え
ガラス扉の脇に1枚板に墨で書かれた 〇〇旅館と見えた
書かれた屋号が小さいのか、旅館の文字だけ車の中から見え
酒井は整備された広場の隅に車を止めて、奈々を促して
旅館のガラス戸を開け、入り口正面に居た細面の男性と
何かを話し酒井は頷き 後ろに立っている奈々に振り向き
「 行こうか !! 」
思い詰めた様な言葉を吐いて 奥へと歩き始めた
奈々は黙って酒井の後を付き建物の裏口へ、目の前に
露天風呂と大きな矢印が書かれ、酒井は右へ歩いて
生け垣を囲うように張られた柵に付けられた、小さな扉を開け
中へ入って行った、目の前で水の零れ落ちる音が聞こえ
露天風呂に流れ落ちる湯の音だと、奈々は気が付く
酒井は靴のまま露天風呂を通り過ぎ、ガラス戸の前で
靴を脱いで部屋の中へ入って行く、 奈々も慌てて後を追い
酒井が座って居るテーブルに向かい合う様に座った
「 お持ちしました 」
少し甲高い声と共に、先ほど酒井と話をしていた男性が
お盆に湯呑を二つ乗せ、テーブルに置くと、部屋の隅に有った
ポットから湯呑にお湯を注ぎ、部屋に仄かな花の香りが漂い
「 飲みなさい 」
酒井が湯呑を取り上げ、口に運び奈々にも薦めて来る
一口含む、鼻孔に花の香りを届け、少しの甘みを舌が教え
口に含んだ液体が喉を滑り降りた、
「 お酒ですか? 」
酒井が頷き湯飲みを傾け、空けた湯呑をテーブルに置いて
奈々の目に視線を合わせ、何かを言いかけて、視線を外した
「 大志ですか・・・・・ ? 」
酒井の有無を言わせない電話を貰った時から
抱えていた不安を、吐き出し酒井が頷く姿を見て
持っている湯呑を強く握りしめた
「 お昼に着いて、夕方まで部屋を借りて、
今二人、露天風呂に入っているそうだ
もう間もなく、部屋に戻るだろうと
支配人が教えて呉れたよ 」
酒井が下を向いて、呟くように話してくる、結婚式で
会話をした時、大志の事を相談にカフェで会話した時見た
自信に溢れ、何人もの部下たちを叱咤激励する姿を後ろに見せていた
酒井の体が小さく見え、自信の無い姿に奈々は驚いた
「 奈々さん・・・それを全部飲んで 」
酒井が奈々の持つ、お湯割りを勧めて来る
「 少し、刺激が強い物を見る事に成るから 」
奈々は先ほどの酒井の言葉に、ショックを受けていた
大志が自分以外と、お昼に旅館の部屋を借りて
二人で露天風呂に入っている、裏切られた、
絶望感に手にした湯呑の物を飲み干した
「 このお酒は、ゆっくり味わって飲むお酒なんだ 」
酒井は空に成った湯呑を手に持ち、しみじみとした口調で話す
「 此処の山奥に咲く花を摘んで、3年漬け込む
3年目にやっと花の香りがお酒に溶け込んで
先代が創めたお酒で、花も余り多くないから
この旅館の中でしか飲めないお酒なんだ 」
話しながら湯呑を覗き、空の湯呑をテーブルに置いた
壁を1枚隔てた隣の部屋から物音が聞こえ、微かな話声が
聴こえ 酒井は立ち上がり
「 来たようだな 」
呟き、部屋の隅に向かい、振り向いて
「 奈々さん 」
奈々の顔を悲しそうに見て来た
酒井の顔を見て、俯いた奈々は立ち上がり
酒井が開けた襖の中へと入って行く
1畳程の板の間に 椅子が二つ置かれ、右の壁に埋められた
ガラスから光が部屋を明るく照らし、奈々は
勧められた椅子に座り 明るい光を送って来る
・・・・ガラスの向こうを見た・・・
最初のコメントを投稿しよう!