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「あの顔のせいで渚には友達なんか一人もいないんじゃないかと思ってたから、佐野くんが来てくれて嬉しかったよ。あいつ、まだうまく笑えないけど悪気はないから、許してやってね」
ニキはいい兄貴だ。そして、敷島も。
モンスターなんかじゃなかった。
眠気を誘う教師の声がする教室で、敷島がそっと振り向いた。
佐野の視線に気づいたようだ。
不気味に顔を歪める。笑ったつもりらしい。
無理して笑わなくてもいいよと次の休み時間に伝えに行こうかと佐野は考える。
彼女が月夜の下のピアノの前なら素直に笑うことができるのを佐野は知っている。
佐野だけが知っている。
それで充分、刺激的だ。
「一つだけ聞いていい?」
最後に、昨夜の別れ際に敷島から聞かれたことを思い出す。
「佐野くんはなんでこんな夜中にウロウロしてたの? 今日は塾じゃないんでしょ?」
確かに、敷島からしたら謎だよなと思う。
「悪い奴になりたかったんだ」
冗談めかした佐野の本音に、敷島は唇の端を歪めた。
「無理だよ。佐野くんに悪者は似合わないから諦めたら?」
「でも、それじゃただのつまんないやつだろ」
「どこが?」
敷島はマイクを持って歌う仕草をした。
「どう見たって佐野くんはヒーローでしょ。あの拍手が聞こえなかった?」
「いや、あれは敷島とニキの……」
「私たち三人のだよ」
敷島の不器用な表情が綺麗だった。
「これからもヒーローでいてよ。そんなこと、つまんないやつには頼まないからね」
照れたように突然走り出した敷島に、佐野は慌てて手を振った。
「またな、敷島!」
敷島はちょっとだけ振り向いて乱暴に手を振り返した。ニキが待ってと言いながら敷島を追いかけて行く姿が愉快だった。
いつか、夜とピアノの前じゃなくても敷島が笑えるようになったらいいなと佐野は願う。
その時、彼女の目の前に自分がいられたらもっといい。
佐野はあくびをかみ殺しながら、黒板の文字をぼんやりと眺める。
来週の水曜日まで、あと六日だ。
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