悪者になりたかった月の夜に

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 毎週水曜日になると、誰にも内緒で夜遊びに行くのが佐野の習慣になりつつあった。  水曜だけは塾がない。だが、塾があるフリをして平然と出かける。夕食後の八時から十時までの二時間という限られた時間に。  学校も家も優等生と書かれたボトルの中に佐野を入れて、安心しきっているようなところがある。そのボトルから勝手に佐野が出ていくなんて想像もしていないみたいに、蓋を閉めることも忘れている。  結局のところ、みんな自分には興味ないんだろうと佐野は思っている。  問題を起こさない奴は自己管理ができているから、何も言われずとも勝手に正しい行動を取っていると、誰もがそう思っているのだ。  問題のない奴には誰も興味がない。  その思い込みを逆手に取ることを思いついた時、佐野は心底ワクワクした気持ちになった。  水曜の夜のために、普段はとことん優等生でいようと思った。  学校の成績はトップクラスで、女子には優しく、常に笑顔で社交的。  家に帰るとダメな弟の世話を焼く優しい兄の顔になる。  誰もが佐野の偽りの顔に騙され、安心しきっている。そんな彼らを裏切って、夜に出歩く。  自分はなんて悪党なんだろうと佐野は思う。  夜の澄んだ空気は、ボトルの中より自由に呼吸ができる。  月が出ていると夜はなおさら良い。  月の光は太陽光の跳ね返りだ。自分の力で光っているわけじゃない。  美しい月は嘘つきであり、自分の共犯者だ。    味方になってくれる。
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