悪者になりたかった月の夜に

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 特に目的もない散歩だった。  ただ夜という時間に徘徊する自分がいれば良かった。    朝目覚めたとき、体験したことがただの夢だったのではないかと疑いたくなかったので、佐野は写真を撮ることにした。  地下鉄乗り場の階段に座り込んでいるホームレス。  ロータリーに停まったやけに車高の低い車。  大声を出している若い男。  路上で化粧をしている佐野と同い年くらいの少女。  そこに手を伸ばしたら戻って来られなくなりそうな、闇。  いくつもの夜を切り取ってデータにしていく中で、それが撮れたのは偶然だった。  ギターケースを背負った大学生くらいの若い男。と腕を組んで歩く、見覚えのある顔。  佐野はその異常な瞬間に、今まで軽快に流れていた心臓の脈動をちょっと鈍らせた。それは一瞬後にはもう元の動きを取り戻していたが、一度味わった不思議な感覚は佐野の記憶にしっかりと刻まれた。  家に戻ってきたあと、佐野は真っ暗な部屋の中で撮ってきた写真を眺めた。  解像度の低い画面に写ったその顔が、あの同級生のものとは思えない気がしてくる。  敷島。  あれは見間違いだったのだろうか。  いくら悩んで天井を睨みつけても、黒板のようにそこに答えが書いてあるわけでもない。  悶々としたまま、佐野の夜が明けた。
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