悪者になりたかった月の夜に

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 ◇  同級生の敷島(しきしま)(なぎさ)は近寄りがたい才女だった。  静脈が透けて見えるような色素の薄い肌に、能面の様に動かない表情。姿勢が正しく、凛としている。ゲラゲラとよく笑うクラスの女子の中に彼女がいると、掃き溜めに鶴という言葉を思い出してしまう。別に、他の女子がゴミだとまで言い切るつもりはないが、違う人種のように佐野には思えてしまうのだ。    神聖視しすぎていたな、と蔑みの眼差しを教室で向ける。  涼しい顔をして、大学生の彼氏と夜遊びか。完全に騙されていた。あの瞬間のことを思い出すとうっかり血流が乱れそうになる。  いや、まだそうと決まったわけでは。  佐野の中にはまだ何割か、あれは敷島ではなく良く似た別人だったのではないかという思いがあった。もしもそうであれば、彼女を軽蔑するのは筋違いだ。すぐにこんな邪な視線はどこかへ逸らすべきだろうと思われた。  問いただしたいのか、忘れたいのか、それさえ佐野には分からなかった。  分かっていたのは、昨日までとは違う刺激が胸の中にあることだった。  不意に、敷島が佐野の方を見た。  青白い能面のような顔が、一瞬歪んだように見えた。  笑ったのだと数秒後に気づいた。  そして、やっぱりあのとき見たのは敷島だったんだと確信した。  何なんだ、あの余裕は。理解不能すぎる。  化け物を見たような気になって、佐野は敷島から視線を外した。    何か悔しかった。  夜を自由に支配しているつもりでいたのに、そこに敷島が現れた。  自分よりもっと自由な奴がいた。  これは嫉妬だと佐野は思った。  自由な敷島に、自分は嫉妬しているのだと。    
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