悪者になりたかった月の夜に

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 敷島は意表をつかれたように「は?」と口を開けた。 「ナンパ?」 「違うよ。夜は危険──」  夜は危険だから、女子が一人で歩くな。  言いかけたその言葉がものすごく優等生的でつまらないことに気がついたので、佐野は首を左右に振った。 「ナンパだよ。同級生ナンパしちゃ悪いか」  佐野にとっては一世一代のハッタリだった。夜でなければ顔が真っ赤になっていたのを敷島に気づかれていたに違いない。  幸い、敷島は笑っていなかった。  どういう反応をしたらいいのか分からないというように、彼女は横を向いて髪をかきあげた。 「テンプレから外れたこと言わないでよ」  褒め言葉では全くない。それでも、敷島の言葉と仕草は佐野の心をどことなくくすぐった。思わず笑みを浮かべそうになったとき、敷島が言った。   「悪いけど、私は暇じゃないの」  敷島の視線が別の方向に固定されていることに佐野は気づいた。   見ると、そっちから駆けてくる男がいた。  背中にギターケースをぶら下げた、佐野よりも背の高い大学生風の男だった。 「渚! ごめん、遅くなった」  地面から少し浮いていた佐野の足がストンと地に降りてきたような感じがした。  そういえば、敷島には彼氏がいたのだ。  自分なんかとどこかへ行けるはずがなかった。  恥ずかしくなった佐野は少しずつ二人から離れようとした。その耳に、彼らの会話がまとわりつく。 「ヒデ、やっぱ今日無理だって」 「そう。どうしようか」 「ボーカル抜きで演奏する?」  ボーカル。  その四文字のカップルらしくない独特な響きは、佐野の歩みを鈍らせた。  この二人は自分が思っていた関係とは少し違うのかもしれない。と佐野が考えた瞬間、背後から彼の腕が掴まれた。 「は?」  驚いて真横を見ると、敷島が佐野の腕を自分の胸に押し付けていた。   「佐野くん、今ヒマ?」 「え? 何それ……逆ナン?」 「そう」    敷島は捕食者のように笑った。 「今から、私たちに付き合わない?」
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