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佐野が連れてこられたのはストリートピアノのある広場だった。
敷島の彼氏がギターを持っていたのを見た瞬間にピンと来るべきだったな、と佐野は思った。
彼らの正体はストリートミュージシャンだ。
ここで演奏するために集まっていたのだろう。
「ニキです。音大生です。よろしく」
敷島の彼氏が佐野に握手を求めた。漢字では二木か、仁木とでも書くのだろうか。佐野はおそるおそるその手を握った。
「佐野です」
「佐野くん、どんな歌が好き?」
人懐こい顔をしてニキが尋ねる。よく見ると彼も色白で綺麗に整った顔をしている。
「流行の歌……ですかね。って、もしかして俺がボーカルですか?」
敷島は当然のようにピアノの前の椅子に座っていた。
「そうだよ。いつもヒデっていうニキの友達に歌ってもらってたんだけど、最近バイトで忙しいらしくて」
「いや、無理だって。急に即興で合わせるとか難しすぎるよ。人前で歌うのも恥ずかしいし──」
「だよね。ま、いいや。俺たちが適当に流行りの曲を弾いていくから、歌いたくなったら入ってきてよ」
ニキがギターストラップを首にかけてチューニングをし始める。渋めの色をしたかっこいいアコースティックギターだ。
それから間もなく始まった二人の演奏に佐野は度肝を抜かれることになった。
敷島の指は速すぎて残像が見えるようだった。
ニキの音は変則的な敷島のリズムに完全に寄り添いながら、余裕のアレンジを加える。
主題からアレンジへ、ピアノソロから主題に戻り、転調で盛り上げながら互いの音を引き立て合う。最初から最後まで呼吸が合っていた。
通りすがりの人々が一人二人と立ち止まり、演奏が終わるまで動かなくなった。聴き惚れているのだ。
何者なんだよ、敷島。
時々、頭を振って音に酔う彼女の顔が見えた。
とても穏やかで幸せそうな笑みを浮かべていた。
佐野は見たこともない彼女に演奏が続く限り目を奪われ続けた。
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