悪者になりたかった月の夜に

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 ◇ 「歌えるじゃん、佐野くん。すごいすごい!」  演奏後、ニキが再び佐野に握手を求めた。 「ニキさんのリードがいいからですよ」 「いや、声がいい! ヒデよりいいかも。こんなにうまいのに、なんで恥ずかしがってたの?」  佐野は笑いながら分かりませんと言った。今となっては本当に分からなかった。  敷島よりニキの方が何故か嬉しそうだった。敷島はクールな顔をして、ちょっと唇の端を上げただけだった。 「歌えないわけないよね。この間カラオケで97点出したって教室で羽佐間にバラされてたの聞いたよ」  羽佐間は佐野と仲のいい友達だ。口の軽いやつの顔を思い出して照れる。 「今後も俺たちとやっていかない? 佐野くんがやってくれるならヒデはクビにしてもいいよ」 「友達なのに?」 「俺は実力至上主義だからね」  二人の信頼を得たのだと思うと、佐野の心は敷島が叩く鍵盤のように弾んだ。 「嬉しいけど……水曜の夜じゃないとダメなんです。他の曜日は塾があるので」 「いいよ、水曜だけでも! やったな、渚!」  ニキが路上で堂々と敷島にハグをする。佐野はそれを見てちょっと複雑な気持ちになった。  やはりこの二人の絆は強そうだ。  すると敷島が迷惑そうにニキを押し返した。 「キモい」 「そこまで言わなくてもいいだろ? お前の兄貴だぞ」  拗ねるニキの言葉に、佐野は思わず「えっ」と呟いた。  
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