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「ここには何をしに来たの?」
彼の声が風に乗って届く。
その声にはっとしたわたしは、慌てて改めて頭を下げた。
「あの、この辺りに彼岸花がたくさん咲いているんじゃないかと思って、探していたんです。でも、まさかここに住んでいる人がいるなんて知らなくて……」
「ヒガンバナ?」
彼はゆっくりと首を傾げると、懐手をした。
「は、はい。この時期に咲き出す紅い花なんですが、この辺りに群生している場所があると聞いたことがあって……」
彼はほんの少し考え込むような顔をしたが、建物の方へ体を向けると首だけを捻るようにしながら、わたしを見て言った。
「こっちへ」
「え、あの……」
「君が探している花かどうかは分からないが」
彼はふっと微笑むと、躊躇しているわたしに向かって手を差し伸べた。
会ったばかりの異性の手を取ることに、普段のわたしなら抵抗を感じたに違いない。それなのにこの時のわたしは、彼の瞳に吸い寄せられたように、彼の手に自分の手を重ねていた。
そのまま手を引かれて、彼の後に着いて行く。
建物の側を通り抜けた所で、彼が足を止めた。
「君が探していたのは、これのこと?」
彼の向こう側に見えたその光景に、わたしは息を飲んだ。
そこには木々の間を埋めるように、鮮やかな紅い色の花々がみっしりと咲いていた。その紅い絨毯は私たちのいる場所からずうっと奥の方まで広がり、続いているように見えた。
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