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「あ……」
わたしは戸惑い、彼の言葉にくらりとめまいを起こしそうになった。何の深い意味があるはずもないのに、まるで愛の言葉を囁かれてでもいるような錯覚に、体中が熱くなる。
彼の望みを叶えることは簡単なことなのに、わたしは即答をためらった。この美しい人がわたしを受け入れてくれたらしいことが嬉しくて、気持ちのままにすぐにも首を縦に振りたいのに、足踏みする。
頻繁に会い始めてしまったら、この人にのめり込んでしまうのではないか――。
わたしの中にそんな恐れが生まれていたのだ。
彼はわたしの沈黙を拒否と捉えたのだろう。責めるでも残念がるでもなく、ただ穏やかな口調で言う。
「無理だというなら、それはそれでかまわない。気にすることはない。さあ、帰りは林の外まで送ろう。それにしても、今日は久しぶりに楽しい気持ちになれた。ありがとう」
そう言って微笑む彼の面に、寂しそうな表情が揺れたことにわたしは気づく。それはわたしの心を刺した。みぞおちの辺りがきゅうっと締め付けられるような感覚に襲われて、胸が苦しくなった。
そんな顔をしないで――。
そう思った瞬間、わたしは腕を上げて彼の頬につと指先を伸ばしていた。どこかふわふわした気分で彼に告げる。
「わたしで良ければ」
はっと目を見開いた彼の顔に、喜びの色が広がるのに時間はかからなかった。
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