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その日、わたしが是周の住む林に着いたのは昼過ぎだった。
前日のうちにそのことは伝えてあったから、わたしは彼の迎えを待たずにいつもの小道に足を踏み入れた。
玄関に着いて声をかけた。けれど返事はなかった。雅允が姿を現す様子もない。
聞こえなかったのかしら――。
そう思って、いつも二人で過ごす部屋の前まで回ってみたが、開け放った障子の内側に是周はいない。
普段だったら、わたしの声が聞こえる前には気づいてくれるのに。どこにいるんだろう――。
「ここで待ってみようかな」
わたしは縁側に腰を下ろした。目の前に広がっている彼岸花をぼんやり眺めていると、近くでじゃりっと小石を踏む音がした。
雅允だった。
わたしはほっとして彼に訊ねた。
「こんにちは。是周さんは?」
雅允は微笑んでわたしの手を取った。
「案内してくれるんですか?」
彼は頷くと、こちらへというように軽く首を傾けた。わたしの足元を気にかけながら、彼は川の方へ向かう。
「ここにいるの?」
雅允の視線をたどった先に、是周を見つけた。木陰に腰を下ろして、川面を眺めている様子だった。
「声を、かけてもいいのかしら」
そっと雅允に訊ねると、彼は微笑んでわたしの手を離した。
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