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わたしはゆっくりと是周に近づいて行き、その名前を呼んだ。
「是周さん」
はっとしたように背中が震えて、彼が振り向いた。
「みやび、いらっしゃい。――ここにおいで」
この美しい人の、この美しい笑顔には、まだ慣れない。わたしは頬を赤らめながら、彼の隣に座った。
「何を見ていたんですか?」
「ん?」
是周は片膝を立てて、わたしの頬を撫でながら言った。
「こんな風に穏やかな気持ちでいられる日がくるなんて、って思っていた」
「今まではそうではなかったの?」
「そうだね……。ずっと昔はそんなこともあったように思うけれど、そうじゃないことの方が長かったかな」
不思議で曖昧な物言いだと思った。言いたくないようなことなのか、思い出したくないようなことなのか。
「そう言えば前に、雅允さんとの思い出を話してくれた時、この川で遊んだって言っていましたね」
「ああ、そんな話をしたね。もう遠い昔のことだけどね。あの頃は本当に、何も考えていない子どもで、ただただ楽しかった……」
是周の表情がすっと翳った。
「今は、楽しくはないんですか?」
わたしの問いに一瞬考えるような顔をしたが、すぐににこりと笑った。
「君といるから楽しい。嬉しい。そして、心地よい」
「本当に?」
「そう言うみやびはどうなんだ?」
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