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しかし――と、わたしは是周の横顔をそっと見た。
わたしの顔に怪訝な表情が浮かんだことに、彼は気づいただろうか。もしも気づいたとしても、気づかないふりをしてほしい。彼もわたしとの時間を壊したくないと思っているのなら――。
是周はわたしの視線に気がつくと、静かな表情で言った。
「私とこんな風に会うだけでは、本当はつまらないんじゃないか?」
わたしは動揺した。
「どうして、そんなことを言い出すんですか」
もしかしたらこれは、わたしの疑念に気がついた是周が、遠回しにそのことを伝えているのだろうか。わたしに選択肢を与えるつもりで……。
「ここには何もない。わたしはここしか知らないし、ここから出て君とどこかに行くこともできない。だから――もうここに来たくないと思った時には、いつだってそう言ってくれて構わない」
是近の言葉にわたしは絶句した。聞き捨てならないと思った。
「忘れてしまったんですか?わたしが言ったこと」
わたしは彼の体に腕を回した。
「あなたがいればそれでいい、って言ったこと」
彼が例え何者であっても、この人から離れるなんてことは考えられなかった。頭の中は彼で占められている。それほどまでにわたしはもう、この人に魅入られている。
「ありがとう」
彼はわたしを抱き締め、そしてつぶやいた。
「最後のとき、君は近くにいてくれるだろうか……」
最後――?
問うようにわたしは彼の目を覗き込んだ。
しかし是周はふっと笑っただけだった。
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