ー 雑木林 ー

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誰か住んでいるのだろうか――。 わたしは息を潜めて、その建物の周りをきょろきょろ見回した。それから人の気配があるかどうかを探ってみる。しばらく耳を澄ませてみたが、建物からは少なくとも生活音らしきものは聞こえてこなかった。 さらに少しだけ立ち位置を変えて、建物の向こう側に人の姿がないかどうか首を伸ばしてみたりしたが、そういう様子もなかった。 住人のいない家、つまり空き家なのだろうかと思ったが、そこまで荒れた感じでもない。それならば、普段使いをしていないような家、例えば別荘のような場所なのだろうか。 そう思った時、ここが私有地の可能性があるということに、今更ながら思い至った。だから今まで、この場所のことが誰の話にも出てこなかったのではないのか。 本当に私有地であるならば、勝手に入り込んでしまったことになってしまう。それはまずい。 「早く戻った方がいいよね、きっと」 わたしはそそくさとカメラをバッグに仕舞いこむと、元来た道に戻ろうと踵を返したが、そこではたと動きを止めた。 「あれ、どの辺から来たんだっけ……」 方角は大体わかるのだが、自分が最後に抜けてきた繁みの場所がやや怪しい。 「えぇと、アザミが咲いていて、その脇にワレモコウがあって……」 戻る時に写真に撮ろうと思って見たから、その二種類は記憶にしっかりと残っている。わたしはその場所を探そうと首を巡らせた。 「あ、あそこか」 思いの外早くその目印を見つけることができて、帰り道のめどが立ってほっとしたその時、つい先ほどまでは人の気配などまったく感じられなかった建物の方から、葉擦れに混ざって穏やかな声が聞こえてきた。 「誰?」
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