198人が本棚に入れています
本棚に追加
― 邂逅 ―
わたしはおそるおそる、声が聞こえたその方向に首を動かした。
その人は壁際に立っていた。そこには光が当たらず影になっていたから、わたしがいる位置からその人の姿はぼんやりとしか見えなかった。けれどその立ち姿と声から、「青年」と呼んでも良さそうな若い男性だろうと推測できた。
彼からは明らかな警戒心が感じられた。それはそうだろう。自分の視界の中に見知らぬ女が突然入り込んできたのだから。この状況を怪しんでいる様子は、少し離れた場所に立つ私にもひしひしと伝わってきた。
このまま無言で逃げるように立ち去れば、余計に不審者に見えてしまうかもしれない。
そう思ったわたしはしゃんと背筋を伸ばすと、彼に向かってあえて礼儀正しく一礼した。
「勝手に入ってきてしまって、申し訳ありません。ここに住む方がいるとは知らなかったもので。今すぐ立ち去りますので……」
そう言ってわたしはもう一度頭を下げたが、彼からの言葉は特になかった。警戒心はそう簡単に解けないのだろう。わたしの様子を探るように、ただただじっとその場に立っている。
早く行ってくれという意思表示なのかもしれないと思ったわたしは、最後にもう一度軽く頭を下げると、くるりと体の向きを変えてその場から急いで離れようとした。ところが。
「待って」
彼の口から私を引き留める言葉が出たことに驚いて、はっとした。わたしは足を止めてゆっくりと振り返る。
彼は緩やかな動作で建物から離れると、わたしの方へ足を踏み出した。その足元で小石同士が、じゃりっ、とぶつかり合う音が聞こえる。
わたしは彼の様子から目が離せず、見守るように見つめ続けた。
薄暗い影から柔らかな光の中へと彼が姿を現した時、たまたま吹いてきた風が彼の髪を強く揺らした。その乱れを直そうと、彼の手が髪をかき上げる。
その瞬間明らかになった彼の面に、わたしの目は強く吸い寄せられた。
この人とわたしは、本当に同じ人間なの――?
最初のコメントを投稿しよう!