ここは耽美な世界ですね

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 昼休みの鐘が鳴ると同時に、ジーニアはヘレナに拉致された。といっても、場所は食堂のボックス席。三方が壁に囲まれているから、誰かに聞かれたくない話をするときにはもってこいの場所。 「で、ジーン。あなた何をどこまで知っているのかしら?」  いきなりデザートを食べ始めているヘレナが、そのスプーンの切先をジーニアに向けた。 「ど、どこまでって……。私が、元腐女子だってこと?」 「そういうことじゃなくて。そもそも腐女子という言葉を知っているということは、この世界についても知っているってわけでしょ? 正確に言えば、思い出した、とか?」  そう言うヘレナは、不吉な笑みを浮かべている。 「そ、そうね。ヘレナの言う通り。私も思い出したの。この世界が『光り輝く君の中へ』、通称『ひかきみ』の世界だっていうことに」 「ジーン……。できることなら、前世で会いたかった……」  その一言がヘレナの今の状況を表しているようなものだった。つまり、彼女もいわゆる転生者。 「それで、ジーンはいつ思い出したの?」 「いつ? いつ、って昨日よ。その、お兄さまが第五の隊長に決まって。それで、家族でお祝いしたの」 「そうね。ジェレミー様の隊長就任が、全ての始まりだからね」  コクコクと頷きながら、ジーニアはパスタをフォークにぐるぐると巻き付けた。 「ヘレナはいつ思い出したの?」  自分ばかり知られては不公平だとでも思ったのか、ジーニアもそのように尋ねていた。 「え? 私? 私ね、『ひかきみ』二周目だから。二周目って生まれたときから記憶があるのよ。赤ん坊なのに、頭の中は大人なの。あ、あれよ。見た目は子供的な、あれ、みたいな?」  ヘレナの言っていることがよくわかる。よくわかるのだが、そもそも彼女は二周目と言った。 「え? ヘレナ、二周目ってことは。前もヘレナをやっていたってこと?」  ヘレナの告白に、口の中に放り込んだはずのパスタの端が、ジーニアの口の端からはみ出てしまった。 「そう、ヘレナの前もヘレナ。で、その前が、よく覚えてないんだよね。その日本という国で『ひかきみ』のプレイヤーだったことだけは覚えているんだけど。それ以外はなんとなくぼんやりしてるっていうか」  ジーニアははみ出してしまったパスタを口の中に入れる。 「あ、私もよ。とりあえずここが『ひかきみ』の世界だっていうことはわかるんだけど。それ以外のことはよく覚えてなくて。って、それよりも、二周目って何、何? どういうこと?」  同じ前世の記憶持ち、しかも恐らく同志であることは察したのだが、それよりもヘレナがこの世界が二周目というところが気になって仕方ない。 「あー、うん。そうよね。気になるよね。っていうか、一周目はさ、思い出したのが遅かったっていうか気付くのが間に合わなかったっていうか。まあ、あれよ。ジェレグレの第一シナリオの真っ最中に思い出したの」 「え? てことは、もしかして、私、死んだ?」 「そうそうそう、そうなのよ。もう、ジーンが死んだタイミングで思い出したっていうか。一周目の時から仲良くしてもらっていて、私の中では親友的ポジションだったのよ。それなのに、ジーンが……」  と言い出すヘレナは今にも泣き出しそうに瞳を揺らしている。  それを見て、ジーニアは察した。あ、私、死んだな、と。 「だからね。二周目って気付いたとき、私は第一のシナリオだけは回避しようと思ったの。それで、この学院の卒業後は騎士団に入団しようと思ったわ。そしてもちろん、パーティではあなたがあれを手にすることを断固として拒否」  それを聞いたジーニアも、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませてしまった。 「ヘレナ。そこまでして私のことを……。嬉しいを通り越して、嬉しいしか思い浮かばない」 「そしてジーンが同志と知ったのであれば、なおさら第一は拒否よ。だからって、第三もダメよね。あのクラレンス様がお亡くなりになられてしまうのだから」 「てことは、やはり今回は第二を狙うの?」  ノンノンノンとヘレナは右手の人差し指を器用に左右に振っている。 「もちろん、王道のクラシリでもいいんだけど。どうやらね、究極のプレミアム裏ルートが存在するらしいのよ」  と、誰にも聞かれないような場所にもいるにかかわらず、つい小声になってしまうのは何故だろう? 「究極のプレミアム裏ルート?」 「そう。クラレンス様も亡くならない形で、あの六人が幸せになるルートがあるらしいの」 「つまり、それって。私も死なずに、あのカップルたちの行く末を見守ることができるってこと?」  そうそう、とヘレナは頷く。 「だからね。私はその究極プレミアム裏ルートのために、卒業したら騎士になることを決めたの。とりあえず、あのカップルたちの死亡フラグを全て潰すためにね」 「かっこいいわ。ヘレナ。私も、ちょっと記憶が曖昧なところはあるけれど、究極のプレミアム裏ルートのために、できることをやらせて」 「もちろん。あなたも卒業後は、あのアマリエ様の侍女としてお勤めするのでしょう? そして私が騎士団。彼らを守るにはもってこいの条件ではないかしら?」  そこでヘレナはガシッと両手で、フォークを持つジーニアの右手を包んだ。巻きかけのパスタがくるりんと、お皿に戻ってしまう。  ヘレナはじっとジーニアの顔を見る。ジーニアもヘレナの顔を見る。目が合う。  同志は微笑み合い、そして力強く頷いた。
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