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そんな妄想、ではなく回想に耽っていると扉を叩く音がした。自分の部屋ではないけれど、とりあえず「はい」と返事をしてみるジーニア。誰がやってきたのかはわからないが、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。しかも一人ではない。二人、だろうか。
「目が覚めたのか?」
――ひっ……。
ジーニアは声の主に顔だけ向けると、息を飲んだ。
――クラレンス様とシリル様。まさしくクラシリ。なんで? どうして? っていうかここはどこ?
ジーニアの頭の中は、破裂寸前である。クラシリが脳みその許容量を超え始めた。脳内の全てがクラシリクラシリクラシリクラシリで埋め尽くされ始めている。
「あの。ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ありません」
だが、ジーニアの口から出てきた言葉はそれだった。さすがに本人たちを目の前にして「クラシリィ!」と興奮するわけにはいかないだろう。当たり障りが無く、この状況で適切と思える言葉を選んだつもりでもあった。
「迷惑? 君に迷惑をかけられたとは思ってはいない。私を助けてくれてありがとう」
驚くべきことに、クラレンスの口から出てきた言葉は礼の言葉。ありがとう、とあのクラレンスが口にしている。
――笑顔が、眩しい。目が、目がやられる……。
ジーニアは目を伏せた。クラレンスから放たれる光からその目を守るために。
「どうか、したのか?」
そんなジーニアの様子を心配したのか、クラレンスが顔を覗き込んできた。
――近い、近い、近い、近い……。お顔が近いです。
「あ、の。えと、すいません。その、よく覚えていなくて」
ここでもまた、当たり障りのない言葉、つまり記憶喪失の振りで返してみた。
「そうか」
クラレンスが眩しい笑顔を振りまきながら、シリルがどこかからか持ってきた椅子に腰をおろす。つまりジーニアが横を向けば、そこにクラシリがいるという状態。
「卒業パーティ、は覚えているか?」
「はい」
クラレンスの言葉にジーニアは頷く。
父親が娘の卒業パーティのために新しいドレスを仕立ててくれた。ちょっと薄い赤みのかかったジーニアの髪が生えるような、淡い黄色のドレスだった。ヘレナと共に偉い人の話を聞いて、乾杯の儀を、というところで記憶が途切れている。
「あの。卒業パーティは?」
「残念ながら、中止になった」
「私のせい、ですよね。申し訳ありません」
「君のせいではない。むしろ、私のせいだ……」
そこでクラレンスが苦しそうに顔を歪めた。
「そんなに自分を責めないでください」
ジーニアからそのような言葉が漏れたのは、恐らく中の人の仕業。毛布の隙間から手を伸ばし、ついクラレンスの頭を撫でていた。そのような行為に及んでいた自身に気付いたジーニアは、はっとして手を引っ込めようとしたが、時は既に遅し。手首をがしっとクラレンスに取られている。
「君は、勇敢なだけでなく、優しいのだな」
――目、目が……。つぶれる……。
くらいの笑顔のクラレンスである。助けを求めてシリルに視線を向ければ、シリルもニコニコと朗らかな笑顔を浮かべている。
――そこはシリル様が誘うところでしょ。誘い受け、どこにいったの……。
とにかくジーニアの心は穏やかではない。助けを呼びたかった。この状況で呼べる助けといえば、ヘレナくらいだろうか。
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