ここは耽美な世界ですね

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 ジーニアの前の人は、ここではない世界の地球という惑星の日本という国にいた女性であった。無難に仕事をして趣味に没頭していたようだ。  そして没頭していた趣味――。  それはボーイズ・ラブと呼ばれる男性同士の恋愛話に興じること。読む、書く、そしてプレイする。プレイとはもちろんゲームのことで、そして恐ろしいことに、この世界がそのプレイしていたゲームの世界であることに気付いてしまったジーニアの昔の記憶。  気付いた原因は、このジーニアの目の前でニコニコと笑顔を浮かべている兄にある。ケーキを頬張りながらジーニアが兄の顔を見ると、その兄は笑みを浮かべながらジーニアのことを見つめ返す。彼からは妹大好きオーラが溢れていて、いろんな意味で眩しい。  お兄さまごめんなさい、とジーニアは心の中でそっと謝った。  さてジーニアが兄に対して謝ったところで、このゲームの世界について説明しよう。 『光り輝く君の中へ』というゲームは、男性同士の恋愛を主体としたゲームである。ゲームの中に登場する一人のプレイヤーになりきって、他の男性を攻略していくゲームではなく、三つのシナリオがあってそれぞれの話を第三者になって進めていく形式のゲームだ。つまり、プレイヤーは神的存在。神の手によってそれぞれのカップリングを成就させるのだ。  そして、何を隠そう、というよりも、絶対に隠しきれていないのだが。  目の前の兄ジェレミーこそがそのシナリオの一つに出てくるカップリング対象者なのだ。  ジェレミー・トンプソン、二十四歳、は『ワンコ系攻め』。人懐っこくて健気である。今回、その人懐っこさ、つまり部下からの人望もあって、隊長に抜擢されたというところになる。  そしてその兄の相手が彼の部下であり、副隊長のグレアム・アシュトン。年はジェレミーより一つ年上の二十五歳。その見目のせいか、他の部下たちからは近寄りがたいと言われている。だが、隊長であるジェレミーにだけ見せる弱みと甘い顔。つまりのところ『ツンデレ受け』なのだ。 『ワンコ系攻め』と『ツンデレ受け』なんて、尊い。この美麗スチルは鼻血ものだった。 『攻め』である兄のジェレミーは金髪でジーニアと同じ水色の瞳。その金髪は犬の毛並みのようにふわふわとしている。 『受け』のグレアムは茶髪の短髪。青の瞳がキリっと凛々しくて、それが近寄りがたい雰囲気も醸し出しているのかもしれない。しかもグレアムの方がジェレミーより体格がいいとか、そっちが『受け』なのとか。マニアな心をくすぐる設定。  今、平静を装って、お上品にケーキを口元に運んでいるジーニアではあるが、心の中の腐女子は鼻血を噴いている、むしろ噴き上げていて、その反動で後ろにバタリと倒れてしまったところ。  ――しかもジェレミーの第五騎士隊隊長就任って、二人のシナリオのオープニングよね。ああ、だから思い出したのか。偉いよ、私。  見たい。  こそっと草の影や壁の隙間から、この二人の絡みを見たい。ジーニアがただのジーニアであったのなら、気にはしなかった。だけど思い出してしまったのであれば、腐女子としての心が疼く。  ――二人の絡みが見たい。  願うところはそれしかない。 「どうかしたのか、ジーン。もしかして、こっちのケーキが食べたかったのか? 可愛い奴だな。ほら」  じっとジェレミーを見つめて妄想をしていたからだろう。どうやら兄は勘違いをしてしまったようだ。それでも兄に甘える可愛い妹を演じる。ほら、と言われてしまったらジーニアは口を開けるしかない。 「どうだ、美味しいか?」  違う意味で美味しい。兄の笑顔が眩しい。腐った心に突き刺さる。 「ええ、とても美味しいです」  ケーキではなく兄の顔が。そしてぼんやりとグレアムの顔がその隣に見えたような気がした。 『美味しいか、グレイ』  あーんと、フォークに乗せたケーキをグレアムの口に寄せるジェレミー。 『ええ。ですが、俺としてはこちらの方を味見したいのですが』  と、ジェレミーの手を取るグレアムの姿が、見えたような気がした。そう、気がしただけ。  尊い……。  しかも、過去を思い出した途端、妄想も健在だった。喜ぶしかない。腐女子から妄想をとったら、ただの腐っていないただの女子だ。腐女子に妄想は不可欠。その妄想も鈍ってはいなかったことに安堵しかない。
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