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医師からは、とうとう王宮魔導士に診てもらうように、と言われてしまった。というのも、ここにきて傷口が良くなるのではなく、その周辺の皮膚の色が黒く変わってきたからだ。
医師とクラレンスとシリルに見られてしまったこの傷口。顎に手を当てたシリルが口にする。
「これは、呪詛ですね。以前、読んだ本に、これに似た症例が書かれていました」
「となれば、王宮魔導士の出番だな」
クラレンスの言葉にシリルは「はい」と頷く。医師は「力になれず申し訳ありません」と頭を下げていたが、あの段階では普通の傷か呪詛によるものかの見分けはつかない、というのがシリルの言葉だった。普通の傷に見せかけて、じわりじわりと身体を蝕んでいく。それがこの呪詛の特徴らしい。
「ですが、三月近くもこの呪詛を受けて、これだけの症状で済んでいるということが、あの文献と異なっております」
「気休め程度にしかなりませんが、痛み止めの薬を出しておきます」
医師は申し訳なさそうに、薬だけ置いていくと部屋を出て行った。
寝台の上に座っているジーニアを、クラレンスとシリルはじっと見つめている。少し乱れたドレスを直しながら、ジーニアはその視線に耐えた。のだが、目の前にはクラレンスとシリル。クラシリ。そろそろ妄想が爆発しそうな頃合い。
――ダメ……。直視できない。
とうとうジーニアは両手で顔を覆ってしまった。
「ジーニア嬢、すまない……」
クラレンスの辛そうな声が、頭上から降ってきた。
「君に、このような醜い傷痕を残したばかりでなく、呪詛まで。君の泣きたい気持ちもわからなくはないのだが、その、泣き止んでもらえると、助かる……」
尊さに耐えられず両手で顔を覆ったジーニアが、どうやら泣いているようだ、とクラレンスは思ったらしい。
その手を退けたらニヤニヤとした、だらしのない顔のジーニアがいるだけ。ジーニアは、顔を引き締めて、少しだけ切ない表情を作ってその手をどかした。
「すみません……。泣いていた、わけではないのです……。少し、想うところがありまして……」
呪詛の件ではない。もちろん、目の前のクラシリだ。
「シリル。今すぐ王宮魔導士に連絡を入れろ」
「承知しました」
綺麗に一礼したシリルは、身を翻して部屋を出ていく。
王宮魔導士たちが集まっているのが王宮魔導士団。そしてその彼らを取りまとめているのが団長という立場にあるジュード・ホルダーであるメガネ攻め。今回、ジーニアの呪詛を解析するために、ジュードで来てくれたらヨダレもんである。誰が来るのか。ジーニアが願うのは、もちろんジュード、そしてその一歩半後ろに寄り添うミック。ここまでがセット。
「ジーニア嬢。不安にさせてしまって、申し訳ない」
ジーニアがメガネ攻めと健気受けを必死で妄想している様子が、呪詛に怯えるはかなげな少女に見えたようだ。
「いえ、私は大丈夫です。なんともありません。本当に、このようなことがクラレンス様の身に振りかからなくてよかった、と。そう、想っております」
クラレンスが一歩、近づいてきた。その彼の手がすっと伸びてくる。
「ジーニア嬢。君に触れてもいいだろうか……」
はい、とジーニアは頷く。なぜか、そうされるのが当たり前のように感じてしまうのが不思議だった。
クラレンスの長い指が、そっとジーニアの頬に触れた。
「このように儚げな君に、本来であれば私が受けるべきだったものを背負わせてしまった……。責任を、取らせてもらえないだろうか?」
――え、責任? 何の?
ジーニアは驚き、クラレンスの顔を見上げる。責任って何の責任、何をどうやって取るの、と頭の中はグルグルとしているのだが、それが口から出てくることはない。
クラレンスの長い指が、ジーニアの顎を捉えた。
――ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って。いくら私でも、この後の展開は予想できるんだけど……。
ジーニアは驚き身体を引く。それにクラレンスも気付いたようだ。
「私と、こういうことをするのは嫌か?」
ジーニアは顔を背ける。答えることができない。
――嫌とかそういう問題じゃなくて。だってクラレンス様にはシリル様がいるわけだし……。
「すみません、恥ずかしいのです」
悩んだ挙句、ジーニアの口から零れた言葉はそれだった。
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