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突然の出来事に、ジーニアはそのままパタンと後ろに倒れた。だが、ソファに座っていたため背もたれが全てを支えてくれる。
「おい、ジーニア大丈夫か?」
――大丈夫では、ありません……。
答えたいのに、声が出ない。
「おい、ジーニア」
目の前のジェレミーの声は聞こえるのだが、肝心のその姿が見えない。
「ジェレミー殿。そこを退いてくれ」
ジュードの声が近くで聞こえてきた。身体を支えられ、心音を確認するかのようにジュードが胸元に耳を寄せたことにも気付く。だが、ジーニアは自分で身体を支えることができない。
「おい。まだ時間はあるんじゃなかったのか? その呪いの全てが発動するまでは。そう言っていたよな」
クラレンスが少し怒ったような口調で問うている。みんなの声は聞こえる。だけど、ジーニアの身体に力が入らないのだ。
それに目の前は真っ暗で、何も見えない。聞こえてくる声でしか想像するしかない。
「ああ。ジーニア嬢は生きている。どんな姿であろうと生きていることに違いはない。健康な状態で残りを過ごせると思ったら、大間違いだったということだな」
ジュードの声が耳に届く。背を支えてくれるジュードの手は温かい。
熱を感じるということは、まだ生きているということ。だけど――。
――詐欺にあったような気分だわ。お父さまにもお母さまにも会えていないのに。最期のご挨拶もできないなんて。
目尻からじんわりと涙が溢れてくるような感覚があった。
「クラレンス殿下」
ジェレミーの低い声が聞こえた。あの兄がこのような声を出すときは珍しい。つまり、それだけ真剣であるということだ。
「殿下は本当に妹を……。その……」
とそこで語尾が消えていく。
――お兄さま、情けない。告白で失敗するタイプよ。
ジーニアは兄にそう声をかけたいが、声を発する事すらできない。心の中で突っ込むことが精いっぱい。
ジーニアはソファの上に身体を横にされた感覚があった。ジュードの熱が離れていく。そうなると、急に寂しく不安になるのが不思議だった。
誰でもいいのかと問われると、そうなのかもしれない。というのも、今、他人を感じないということが不安なのだ。この暗闇にたった一人に取り残されていくような、そんな感じになってしまうから。
「殿下は、ジーニア嬢を妻に娶りたいと、心からそう思われているのですか?」
ジェレミーの言葉を続けたのはグレアムだった。
彼らの声が、ジーニアが一人ではないということを証明してくれる。まだ、それだけが救いでもあった。
「ああ。私のことを、その身を挺してまで庇ってくれた彼女。話をしていけばいくうちに、他の女性たちと違うことに気付いた。彼女は私に媚びを売ってこない。自分が怪我をしても、私が無事であれば、それでよかったと口にする。そのような女性が他にいるか? いや、いない」
――かっこ反語かっことじ。
という心の中で突っ込む余裕もジーニアにはまだあった。そう、意識はしっかりとしているのだ。ただ、目の前が真っ暗で、身体の自由が利かないというだけで。
「ジーニア嬢。全ての責任は私が取る。どうか、君の呪いを解く権利を私に与えてはくれないだろうか」
――え。どうしよう。っていうか、拒否権ないというか答えられないじゃない。
「承知しました、殿下。どうか妹のことを頼みます」
――え、お兄さま……。何を勝手に返事してるのよ。
「では、殿下。ジェレミー殿。婚約の手続きについては、私の方で根回しをさせていただきます」
――シリル。違う。そこは、違う。そこは止めるところでしょ。『レン様、僕というものがありながら』って。迫るところでしょ。
だが、ジーニアの心の声は届かないし、届ける術もない。
「ジーニア嬢」
突然、クラレンスの優しい声が降ってきた。
「私のために……。すまない、そして、ありがとう。次は私が君を助ける番だ……」
ジーニアはふわりと身体が浮いたような感覚に襲われたのだった。
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