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ジーニアが連れていかれた先は、クラレンスの寝室であった。落ち着いたダークブラウンで統一された室内。天蓋付きの寝台に、見るからにふかふかのソファ。
だがそれらをジーニアが感じる術は無い。
「ジーニア嬢」
寝台にゆっくりと仰向けに寝かせられたジーニアは、じっとクラレンスから見下ろされていた。もちろんジーニアは、それにすら気付かない。
彼女は今、一人で真っ暗な世界にいる。聞こえるのは、クラレンスの物悲しい声。
――クラレンス様……。どうしてそんな悲しい声をしているのかしら。
彼が悲しいから、ジーニアも悲しくなるし不安にもなる。できることならば、この手を伸ばして「大丈夫、怖くない」と伝えてあげたい。
「ジーニア嬢、泣いているのか?」
――泣いている? 私が? 一体、なぜ……。
目尻に触れる体温を感じた。そしてそれがジーニアの心を勇気づけてくれる。
――クラレンス様の手だわ。
クラシリクラシリと目の保養を求めていたジーニアであったが、三月も彼と共に時間を過ごしていると、情が沸いてくるし、信頼関係も生まれてくる。
むしろ、クラレンスという人物がジーニアの心の支えになっていたといっても過言ではない程に。さらに、目の保養のクラシリも忘れてはならない。
――結局。クラシリクラシリと叫んで、クラレンス様から逃げていただけなのよね……。
ジーニア自身も、クラレンスに対して何かしら沸き起こる気持ちはあった。だが、彼はシリルのものであると、そう思っていたのだ。
クラレンスを助けたのも、自分の命を守るため。クラシリのためだったはずなのに――。
「ジーニア嬢……。私の声は聞こえているのか? 君に、口づけをしてもいいだろうか……」
クラレンスはいつだってジーニアを気遣ってくれた。ジーニアを気にかけてくれた。そして、誰よりも優しく触れてくる。
ジーニアは認めたくなかった。ジーニア自身が、クラレンスに惹かれ始めていることを。
だからこそ、クラシリクラシリで誤魔化していたのだ。
彼の熱い吐息が頬に触れる。指が頬をなぞり上げ、顎をとらえた。唇に触れる柔らかい感触。
――もしかして私、クラレンス様と……。
唇が解放された。
「ジーニア嬢……。どうか、私の名を呼んで……。その目に私を映して……」
――私もクラレンス様のお顔を見たい……。
再び、唇を塞がれる。ジーニアにとって誰かと触れ合あっている事実が、この暗闇の中で一人ではないことの証。
呼吸を求めるかのように、ジーニアの口が開く。恐らくクラレンスは気付いたのだろう。ぱっと唇が自由になった。
「ジ、ジーニア嬢……」
「クラレンス、さま……」
絞るかのような弱弱しい声色で、ジーニアは彼の名を口にした。
――声が出た。身体はまだ重いけれど。
ジーニアは瞼をゆっくりと開けようと力を込める。
「ジーニア嬢」
ジーニアはやっと眩しい光を感じることができた。目の前にはクラレンスの端正でありながらも、切なそうな顔がある。
「クラレンス様……。ご迷惑を、おかけして、申し訳、ありません……」
「ジーニア嬢。私がわかるのか? 見えているのか? それに言葉も」
まだ頷くことはできない。動かせるのは唇と視線のみ。「はい」と小さく答える。なぜにその二つが動くようになったのかジーニアはわからない。だけど、暗闇の世界から戻された安堵感は大きい。
「私はこれから君の呪いを解く……」
「はい……」
怖いけれど、不思議と嫌だという気持ちは無かった。ただ、身体を動かせないことだけがもどかしい。
微笑むクラレンスはどことなく苦しそうに見える。
「君に触れてもいいか?」
「はい」
クラレンスの手がまろやかにジーニアを包む――。
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