ここは耽美な世界ですね

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 次の日、目が覚めると、やはりジーニアはジーニアだった。実はジーニアという人物になりきっている夢を見ていたのではないかと思っていた中の人だが、やはりジーニアが現実の世界らしい。  ――大丈夫、私には推しがいる。クラレンス様がいる。だから、この世界で生きていける。  思い出してしまった前世の記憶に戸惑うことはあるが、それでもジーニアとして生きていかなければならない。ここで彼女としての人生を投げ出してしまったら、ジーニアとしての生を閉じるということで。そうなったらあの両親と兄たちは悲しむことだろう。それだけは絶対にやってはいけない。  さて、この世界の主要登場人物であるあの六名を思い出したジーニアであるが、ジーニア自身はどのような人物であったのか。  まあ、モブである。場合によっては当て馬と呼べるかもしれない。第一のシナリオでは兄の恋を成就させるために、その命を散らす。  第二と第三のシナリオでは、卒業パーティに参加しているただの参加者。それ以降の登場は無い。  ――あれ? じゃ、私。卒業後はどうしたらいいんだろう。もしかして、あの人たちの絡みが見れない、とか?  自分がモブであることを思い出したジーニアだが、それでも推しと推しの絡みは見たい。この目に焼き付けたい。拝みたい。  ちなみに彼らは王宮にいる。王太子と宰相の息子はもちろんのことだが、騎士団の屯所も王宮の敷地内にあるし、王宮魔導士団というくらいだから魔導士団の研究室も王宮敷地内にある。つまり、王宮に潜り込むことができれば、彼らの絡みをお目にかかることができる、というわけで。  ――ジーニアって、卒業後はどうするの?  ゲームの世界では一切描かれることの無かったジーニア。ジェレミーの妹というだけの存在。そんな彼女が学院の卒業後にどのような道に進んだのか、ジーニアの中の人はまったくわからない。のだが。  昨日、お風呂に入らなかった分、朝からシャワーを浴びて、髪の毛をもぞもぞと拭き上げていたら、メイドが「朝食の時間ですがいかがなさいますか」と呼びに来てしまったため、それなりの恰好をさせてもらってから食堂へと向かう。  のんびり朝シャワーをしていたジーニアが最後であったようだ。 「おはよう、ジーン。今日はお寝坊さんなのね」  母親がニッコリと笑っている。 「おはようございます。遅くなりまして、すみません。お父さまもお兄さまも、早いのですね」 「あははは。あのくらいで酔いつぶれるようなトンプソン家の男ではないからな」  父親は、息子と酒を飲んだのがよっぽど楽しかったのか、目尻を下げて朝から豪快に笑っていた。その父親を冷たい視線で見つめる母親。この二人に何があったのかは聞かないでおこう。 「お兄さまは今日、あちらに戻られるのですね」  ジェレミーは、王城の敷地内にある、騎士団の宿舎に常駐している。何かの呼び出しにすぐ応えられるように、と。 「ああ。だが、次の休暇にはまた戻ってくるつもりだが……。そうなると、もしかしたらジーンとは入れ違いになってしまうかもしれないな」  ――ん? 入れ違い? あ、そうだった。私、王城で侍女として働くんだった。  中の人の記憶に侵されて、ジーニア自身の記憶を失うところだった。そう、ジーニアは行儀見習いも兼ねて、王城の王族付きの侍女として働くことになっている。侍女にはそれなりの家柄も求められるのだが、兄のジェレミーも第五騎士隊の隊長を務めるくらいの家柄であるため、侍女になるには相応しい身分を持っていたようだ。  ――ナイス、ジーニア。さすが、ジーニア。天才としかいいようがないわ。  しかもジーニアはあのクラレンスの妹であるアマリエ王女付きの侍女となるのだ。ということを、兄の言葉で思い出した。
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