ここは耽美な世界ですね

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 ――ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って。アマリエ王女の侍女ってことは、クラレンス様と会える機会もあるかもしれないってことよね。いや、会えなくてもいい。すれ違うだけでもいい。あの美しい顔を拝めるのであれば、庭園の草でもいい。むしろ草のほうがクラレンス様とシリル様の絡みが見れる、かもしれない。 「どうかしたのか? ジーン」  ジェレミーが不安そうに妹の顔に視線を向けた。 「いえ、何でもありませんわ、お兄さま。やはり、その、お父さまとお母さまと離れて暮らすようになるというのが、少し、その、寂しいといいますか」 「ジーン」  と愛する娘の名を口にするのは父親。 「休みの日は、こちらに戻ってきていいんだぞ? お父さまもお母さまも、お前のことをきちんと待っているからな」 「あら、あなた。ジェミーもジーンも、王城にいくからって、田舎の領地に戻ろうとしていたところではなくて?」 「そう、だったかな?」 「そうだったかな、ではなく、そうです。こちらの屋敷はジェレミーに譲って、あなたは田舎でのんびりと暮らすっておっしゃっていたのでは?」 「そう、だったかな?」 「そうです」  大抵、父親と母親の会話はこんな感じだ。こう見えてもこの父も、花形の第一騎士隊、つまり護衛騎士隊の隊長を務めあげたというのだから、信じられない。そして、王城で侍女として働いていた母親を見初めてという話は、幼い頃から耳にタコができるくらいに聞かされていた話。 「お父さまもお母さまも、あちらに戻られてしまうのですか?」  ジーニアがしゅんとしながら尋ねた。 「ジーン。そんなに悲しまないでおくれ。シーズンにはこちらに滞在することになるだろうけど。あちらにいる、お祖父さまも高齢だからね。それで、こちらとあちらの半々くらいで、と思っているところだ」  田舎にあるトンプソン領の屋敷には、ジーニアの祖父が住んでいる。その領地をまとめているのが祖父なのだ。ジーニアは父親が言わんとしていることをなんとなく察した。 「そうなのですね。では、お母さま、頼みます」 「任せておきなさい、ジーン。お父様の面倒は、この母がしっかりとみますから。あなたも安心して王城勤めを果たしなさい」 「はい」 「それよりもジーン。こんなにのんびりしていていいのか? お前、学院は?」  と兄のジェレミーに指摘され、大きな柱時計に視線を向ける。 「はい。どうやらのんびりし過ぎたようです」 「よし、わかった。俺が王城に戻るついでに、送ってやる」 「さすが、お兄さまです」  ジーニアは急いで学院へ行く準備を整えた。といっても、教科書の入っている鞄を手にするだけ。 「ジーニア。乗れ」  さすが日本人の考えたゲームである。ここで馬ではなく自動車が登場するあたりがジーニアにとってもありがたい。兄の運転する真っ赤なスポーツカーのようなデザインの車の助手席にジーニアは乗り込んだ。  ――我が兄ながら、格好いいかもしれない……。  真剣な眼差しで運転をする横顔。助手席でそんな顔を見せられたら、ときめくなと言う方が無理だ。  と思いながらも、助手席を奪ってしまってごめんなさい、と心の中でグレアムに謝っているジーニア。  もちろん、この助手席に乗っている人物がジーニアではなくグレアムだったら、という妄想をしないわけにはいかないだろう。  ――サイドブレーキをおろしてください。なんて、助手席からグレアム様が手を伸ばしてきて……。はぁ、尊い。  でも、この二人の恋を成就させるために、このシナリオは選んではいけないのだ。選べないのだ。だって、ジーニアの死亡ルートだから。  ――見たい。二人の絡みは見たい。だけど、死にたくない。私が死なずに二人をくっつけるルートって無いのかしら。そう、そうよ。噂になっていた裏ルート。  裏ルートとはその名の通り、裏のルート。まあ、公にはされていない隠しルート、闇ルートみたいなものだ。  ――そうよ、第三のシナリオのときだって、クラレンス様がお亡くなりにならないような裏ルートの話があったくらいだもの。もしかしたら、三カポーを同時に成就させる究極の裏ルートが存在するかもしれない。 「おい。ジーン。着いたぞ。降りないのか?」  と言う、ジェレミーの優しい声で現実に戻ってきたジーニアなのである。 「ありがとう、お兄さま。では、行ってまいります」 「ああ、気をつけてな。次の学院の卒業パーティで会おう」 「はい。お兄さまの勇姿も楽しみにしております」  ジーニアはなんとか本音を隠して、兄と別れた。
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