ここは耽美な世界ですね

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「おっはよう、ジーン。今日はジェレミー様が送ってくださったの? うらやましいわ」  兄の車から降り、正門から昇降口へと向かう途中で、バシンと背中を叩かれた。少々力の強い彼女は、ジーニアのクラスメートの一人のヘレナだ。彼女は、学院卒業後に騎士団に入団することが決まっている。どこの部隊に配属されるのかはわからないのだが、花形の護衛騎士よりは、他の部隊を望んでいるところが彼女らしい。 「私も、第五騎士隊に配属になれたらいいな」  と、なぜか恋する乙女のように手を組んでいる。 「え?」  驚いたジーニアはヘレナの顔をつい見てしまった。 「なぜ、第五?」  第五騎士隊はジェレミーがまとめあげる隊だ。華やかさとは程遠く、どちらかと言えばむさ苦しい隊。ジーニアにとっては、ジェレミーとグレアムの二人の背景にだけ花が舞っているような、そんなイメージしかない。 「だって。ジェレミー様が隊長になったのでしょ?」 「さすが、ヘレナは情報が早いわね」  ジーニアが言えばヘレナは「えへへ」と笑っているが、けしてジーニアは彼女のことを褒めたわけではない。 「しかもグレアム様が副隊長でしょ」 「さすが、騎士団入団内定者は、騎士団の内情にも詳しいのね」  こちらは褒めている。まだ騎士になっていないというのに、それだけ騎士団の組織について調べているのか、と。感心してしまう。 「ジェレミー様の下で仕事ができたとしたら、夢のようじゃない?」 「ヘレナはお兄さまのことが好きなの? ヘレナだったら大歓迎よ」 「ありがとう。でも私、ジェレミー様が好きっていうわけじゃなくて。ジェレミー様とグレアム様が好きっていうか」  ――ん?  ジーニアの中の人の腐女子アンテナがピーコンと音を立てて反応した。 「えっと、ヘレナ。もしかして、ジェレグレ?」  あえてそう表現してみた。知る人しか知らないそれ。 「ジェレグレが本命なんだけど、心の中ではグレジェレっていうか……。っていうか、え? えっ。ジーン、ちょっと。えっ? な、なんで? なんで、あなたがそんなことを知っているの?」  やはり、腐女子アンテナは正しい。なんとなくこの人そうかも、という会話の節々から感じるときがあり、そのような場合は今のようにアンテナが反応するのだ。 「えっと。お兄さまの妹、だからかしら?」 「なんなのジーン、その誤魔化し方。誤魔化しきれてないから。私のアンテナもビンビン反応してるから」 「てことは、やっぱり?」 「やっぱり?」 「ヘレナも?」 「も、ってことはジーニアも?」  がしっとヘレナはジーニアに抱き着いた。まだここは外である。昇降口へと向かう生徒たちが、彼女たちの脇を通り抜けていく。他の生徒から見たら、卒業を間近に控え感極まった二人、くらいにしか見えていないだろう。腐女子が同志を見つけて、感極まっているようには見えないはず、だ。多分。 「ヘレナ。苦しい……」 「あ、ごめん、つい。嬉しくて」  ヘレナがぱっと離れると、少しだけ曲がってしまったジーニアの制服のリボンをきゅっと整える。 「やだやだやだ、どうしよう。ほら、同志がいるってだけで嬉しくない? ほら、私、特に地雷は無いから。グレジェレでもジェレグレでもどっちでもいけるんだけど、ちょっとこう、ね。ああ、どうしよう。もう、授業なんて聞いている場合じゃない。ジーンと語りたい。語り合いたい」 「ヘレナ。気持ちはわかるけれど。私たちは今、学院に通う華の女子学生。とりあえず、今は教室へ向かいましょう」  やっと昇降口に辿り着いた。靴を履き替えて、二人仲良く教室へと向かう。  気もそぞろというのは、今のヘレナのことを指すのだろう。いつも落ち着いている彼女が、浮足立っているように見える。だが卒業を間近に控えた今、この教室にいる者たちはたいていそんな感じだ。  今生の別れというわけでもないのに、どこかしんみりとしている雰囲気もある。旅立ちとはそんなものなのだろう。
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