番外編 友人

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 暗い声でぼそぼそ呟き、陽太は繰り返した。 「何でだよ。何で、初めて会っただけで幸平って」 「嘘嘘」 「は?」  関が堪えるように笑いながら「な、森良くん」と目を細める。幸平も自然と笑いながら頷いた。 「うん」 「幸平って呼んでないってこと?」  幸平の代わりに関が「そりゃそうだろ」と揶揄うように言った。「幸平なんて呼んだらお前怒るし」と付け足すが、陽太は「もうキレてんだけど」と表情を険しそうに歪める。  関は嬉しそうな声を上げて、 「ほらな。キレるって言っただろ、森良くん」 「は? 何?」 「あはは、うん」 「コウちゃんも笑ってるし……」  終始関には厳しい顔つきだった陽太だが、幸平が笑うとその勢いも削がれた。困ったように眉を下げてこちらを見るので、幸平はクスクス笑い返した。  陽太は気まずそうに問いかけてくる。 「コウちゃんもしかして、色々聞いた?」 「色々って?」 「なんか……俺がさ、言ってたこととか」 「あ、うん。陽太くんの話しした」 「えっ」 「陽太くんが来るまで、陽太くんの話ばっかりしてた」 「あー。えー……」  と言いながらも陽太の笑い方は柔らかかった。  幸平は「でも陽太くん」と、その色素の薄い瞳をじっと見つめる。 「陽太くんも、俺のこと結構話してるよね」 「えっ、そうかな」  関が独り言みたいに「そうだろ」と言った。呆れる気配が香ってる。陽太は一瞬で鋭い目を関へ向けて険のある言い方をした。 「つかテメェチクってんじゃねぇよ」 「チクるって」 「なんで俺がコウちゃんの話ししてること、本人にバラすんだよボケ」 「だから怖ぇんだってお前。どういう切り替え?」 「余計なことほざくなよ」 「こわ」 「陽太くん。俺の話してくれてるんだね」 「あ、うん……嫌だった?」  キツい口調が魔法のように解けて優しくなる。関が「マジで怖い」と怯えた目つきをした。  陽太は若干、伏し目がちに「ごめんね」と続ける。 「なんか色々話しちゃってさ」 「ううん。俺のこと言ってくれてんだなって嬉しかった」 「え、そう……? そっか」 「それで、俺、なんかうさぎ好きみたいに思われてんのかなって」 「スタンプだろ? よく送ってくるじゃん」 「うん」 「うさぎ好きじゃない?」 「好きでも嫌いでもないかな」 「へぇ、うん。わかった。でもじゃあ何でうさぎ?」 「動物のスタンプ、って検索したらウサギが出てきたから」 「あー。そういう」  陽太は「じゃあ、今度亀のスタンプ見つけたら送る」と頬を和らげる。  幸平は頷き、「ありがとう」と微笑みを返す。  さて、ようやっとタイミングがやってきた。  幸平は関へと向き直る。彼が視線に気づき幸平へ返す。  幸平は「謙人くん」と声を強めた。 「ん、何?」 「謙人くんも……改めて、この間はありがとう」  関が少しだけ目を丸くする。だがそれも一瞬で、幸平の言葉が何を指しているのか悟り、ふっと破顔する。  なかなか御礼を伝えるタイミングを得られなかった。改まってもう一度「助かりました。ありがとう」と伝えると、関は深く頷き、 「おう。なんか色々あったけど、これからはお幸せに」 「うん」  彼の雰囲気は不思議と馴染みやすい。謙人が無邪気な笑みを浮かべて、本心からそう告げてくれるので、幸平は胸がふわっと暖かくなる。 「ありがとう」  と、心からの笑みを浮かべる幸平の隣で、陽太が呟く。 「……『謙人くん』はガチなんだ?」  それから陽太も飲み物を注文し、運ばれてきたビールで乾杯をした。陽太の言う通り、幸平は酒が弱い。ビールのついでにお茶を追加されて、幸平はそちらを飲んだ。 「どうする? ムロも呼ぶ?」  しばらく雑談してから、唐突に謙人が切り出してきた。  唐突というか、掘り起こしたというか。パクチー餃子を咀嚼しながら幸平は黙り込む。口の中に物が詰まっている幸平に代わって、陽太が首を傾けた。 「何で?」 「だって俺らと遊ぶときはムロもいただろ」 「あー、まぁな」  陽太の横顔を窺うが、その表情からは内心があまり読み取れない。  謙人はやはり幸平へ矛先を向けてきた。 「森良くんはどう?」 「お、れは……」  ちょうど飲み込んでから口にする。だが答えは出てこない。  あの事件があった翌日に、室井には電話で告白の返事をした。  あれ以降、大学でも会っていない。いつも室井から話しかけてくれるばかりで、彼が動かなければ、幸平は室井の居場所すら見つけられなかったのだ。  幸平は友達が少ない。大学に入ってからは意地悪くなったけれど、中学高校時代の室井を思うと、彼は幸平にとって数少ない『友人』の一人だったのだなと今になっては思える。  このままフェイドアウトは嫌だ。けれど全ては室井次第だ。  恋愛ごとに疎くて分からないが、嫌がるのではないか。 「まぁ、一般的には振った振られたは気まずいだろうけどさ。あいつはそういうんじゃないと思う。呼べば喜んで来るよ」  謙人に「室井くんは嫌がるんじゃないかな」と問いかけてみるが、室井と大の仲良しである謙人はそう答える。  更に付け足した。 「何やかんやムロって森良くんに懐いてるままだし、あとムロ、俺らに会うの大好きだし」  隣の陽太も否定はしない。曰く、ムロとはこの店でもしょっちゅう食事をしていたのだと。  幸平らが今居る店は陽太と謙人がよく使っている飲食店だ。店員に馴染みも多いらしく、いつもこの個室が充てがわれるらしい。  先ほども、髪色が派手な女性と男性の店員がやってきて、「うわ、生コウちゃんじゃん」「陽太の初恋くんだ」とひとしきり騒いでいた。  二人とも陽太より年上で、陽太を子供扱いしているみたいだった。彼らは『スミレさん』とも親しいらしく、「今度スミさんとこで宴会しよう」とも持ちかけてくる。  幸平はすっかり緊張して硬直するだけだったが、謙人と陽太は「秋田さんと森良くんが良いって言うなら是非」「コウちゃんって呼ぶなよ」と親しそうに返した。陽太に怒られた二人は、その眼光鋭い睨みに臆することなく笑いながら部屋を去っていく。  普段は陽太と謙人だけでなく、ムロやその他男友達もこの店を使っているらしい。
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