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陽太たちをよく知っているらしい店員らは、幸平と並んで座る陽太を眺め心底嬉しそうにしていた。発言からして自分のことも話していたのだなと、幸平はむず痒くも暖かい心地になる。
謙人や店員らの反応から、陽太の思いが伝わってくる。今までこれを知らずに生きていた……寂しいというよりただ、甘やかな心になる。
と、ぼんやり考えていると、
「こういうのは長引かない方がいいからな」
と謙人が言う。
室井の話だ。陽太は「オムレツ美味そうだよ。コウちゃん、お腹空いただろ。なんか頼む?」と会話を無視して問いかけてくる。
幸平は「うーん」と唸って、今一度、室井を頭に思い浮かべた。
確かに時間を空いたところで気まずくなる一方だ。
謙人が首を傾げる。
「呼んでみる?」
「そうだ、ね。室井くんがいいなら」
「よっしゃ。電話する」
さすがの早さだ。返事を聞くや否や謙人が携帯を取り出す。隣の陽太は「コウちゃん、うずらの卵食う?」と別の料理で問いかけてきた。
幸平はこくん、と頷く。陽太は「よっしゃ」と店員を呼んだ。
うん。機会があるなら、また彼と話したい。
思えば、室井との関係は変化してばかりだ。中学の頃は普通の先輩後輩として懐いてくれたし、高校になってからは素っ気なくなって、大学では意地悪いことばかり言うようになった。
室井なりの心境の変遷があったのだろう。幸平はそれを深く考えていなかった。男の子の難しい心の変化とばかり。
思春期の男の子はそんなものなのかなと。
「――違うでしょ」
――謙人が連絡を入れてたった二十分後、室井が目の前にいる。
話の要約を聞いた室井は「幸平先輩が鈍いだけでしょうが」と目を眇める。
久しぶりの室井は到着早々幸平に、「幸平先輩お久しぶりです。今日も綺麗ですね」と発言した。
目を丸くしたのは幸平だけでない。隣の陽太も「は?」と乾いた声を漏らす。室井らしくない言動に驚くこちら側二人に比べて、室井が腰を下ろした隣にいる謙人は「そう来たか」と何とも言えない顔をした。
呆気に取られる一同を一瞥した室井はビールを頼み、「で、何の話をしてたんですか」と幸平に問いかけてくる。
綺麗? 俺が? ポカンとする幸平に代わり、謙人が概要を説明した。
室井が中高大と態度を変えてくるので幸平は不思議だった、とそんなようなことを。
室井は本当に呆れた顔をして言う。
違うでしょ。
「幸平先輩が鈍いだけでしょうが」
「え、っと」
ようやっと声を絞り出す。隣の陽太がすかさず「コウちゃんを馬鹿にすんな」と言って、謙人が面白そうに「そうだぜ。森良くんは先輩なんだから敬えよ」と口を挟む。
先輩らの言葉は室井に全く影響しない。
「馬鹿にしてません。鈍いのも可愛いです」
「……」
「ムロお前そういう方向性でいくのか!?」
「コウちゃん、やっぱコイツ家に帰そう」
「鈍すぎて周りを彷徨いてるだけじゃ全く意味がないって分かったんで」
ちょうどビールが運ばれてくる。室井は半分ほど飲み干した。陽太が更に幸平に身を寄せてくる。室井はこちらを眺めながら、ジョッキをテーブルに置いた。
「いいじゃないですか。俺がこれから何やってもどうにもならないんだから。消化試合だけさせてください」
「試合終わってっから」陽太が低い声で告げる。
「ムロ、お前はどこまで面白ければ気が済むんだ……」謙人は感動でいっぱいの様子だった。
室井はフッと鼻で笑ってからテーブルを見渡す。幸平はぼんやりしながら反射で箸を手渡した。室井は受け取り、「ありがとうございます、幸平先輩」とにっこり笑顔を浮かべる。
「しかも優しい。こうやってすぐ気が付くところが、陽太さんや謙人さんたちと違うんですよ」
「……」
「人を上げるために人を下げるのは良くないぞ」
「コウちゃん、やっぱコイツ家に帰そう」
室井はニヤニヤしながらうずらの卵を口にした。隣の陽太が「なんか帰した方がいいと思う」と幸平へ真剣に訴えかけてくる姿を、室井は無言でうずらを咀嚼しながら観察している。
幸平は「えっと」と口籠る。戸惑いも大きいが、またこれかと思った。
年々幸平の知らない室井が露わになる。でも、見覚えがあるような気もする……と考えて思い出すのは高校時代だ。
高校生の時、室井と陽太が二人で話しているのを何度か見かけたことがある。その時も室井は満面の笑みで、なぜか陽太は真顔だった。
遠くに眺めていた二人が今目の前にいる。
室井は笑顔で「つうか」と言って、陽太は警戒するように眉根を寄せた。
「陽太さんも大概ですけどね。あんたも鈍すぎるんですよ」
「……俺?」
「俺が幸平先輩のこと好きだって気づいてなかったでしょ」
「……」
「大丈夫ですか? そんなんでやってけるんですか? 幸平先輩がこんなホワホワしてんのに、陽太さんもホワホワしててどうすんだ」
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