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やはり記憶の前借りをしたのだと、古里は思った。
嵯峨は半袖のTシャツを着て、笑いながら手を振っていた。
店内は予想通り冷やされすぎていたが、彼は気にせず凍ったジョッキに入った生ビールをあおっている。
先に飲んじゃってましたー!
その懐っこい笑顔に引き寄せられるようにして、数ヶ月の間が埋まっていく。
「スーツだ。サラリーマンだ」
向かいの席に座ると、嵯峨は組んだ腕をテーブルにつけて、まじまじと見つめてきた。
露出した腕は、すでにほんのり日焼けしている。
「本当に社会人なんですね、古里さん」
「知ってたでしょ」
「そうだけど、私服で会ってるときは年の差あんま感じないから」
古里は、20代になってまだたった4ヶ月だという彼の、つるりとした頬を見た。
それが、もうじき20代を終えようとしている自身のものと別物なのは明らかだったが、いちいち反応するのも過剰な気がする。
古里は会話を中断して、近づいてきた店員にビールを注文した。
「久々ですね」
向き合うと、嵯峨は改めて言った。まだビールは半分近く残っているが、すでに少し酔っているようだ。
「うん。2ヶ月ぶりかな」
「今日の約束、めちゃめちゃ楽しみにしてました」
アルコールのせいだとわかってはいるものの、彼の頬が紅潮しているのにつられて、同調するタイミングを見失う。
間があいて、やっと「俺も」と返すと、嵯峨は口角をピンと張って笑った。
それから、ちょうどビールが運ばれてくる。古里がジョッキを手に取るよりも先に、彼は自分の隣の席を軽く叩いてアピールした。
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