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「隣の席に座ってくださいよ」 「えー、4人掛けのテーブルに横並びで座るの?」 「そのほうが画面見やすいじゃないですか」 嵯峨は返事を待たずに、古里のジョッキを手前に引き寄せた。テーブルにはたしかに、彼の私物であるタブレットが置かれている。動画を視聴するために用意したのだろう。 古里は隣に並ぶと、風を起こさないようにゆっくりと腰掛けた。 「ん? なに?」 その不自然な動作に、嵯峨が反応する。 「今日汗かいたから、臭かったら嫌だなって」 「平気ですよ。俺も汗かいたし」 嵯峨は自身のTシャツを摘んで扇ぎながら言った。 彼の汗はきっと、自分や、電車のなかを漂うあれとは違う。夏の日差しのような、もっと香ばしい——— 古里はそこまで考えて勝手に気まずくなり、咳払いをした。 「はい、乾杯」 嵯峨はジョッキを手に取ると、勢いよくぶつけてくる。その勢いで縁からこぼれた泡を掬うように、古里は慌ててジョッキに唇を押し当てた。 ——まだ19時を回ったばかりだ。目当ての動画は20時から配信予定だから、なにもこんなに早くから横並びになることもなかった。 しかし、元に戻るのもスマートではない気がして、古里はそのままジョッキの半分ほどを飲み、お通しの小さな冷奴をつまんだ。 割り箸の先から、豆腐の上に乗せられたチューブの生姜がぽとりと落ちてふと気まずくなるが、彼は気づいていないようだ。 それに、左利きの嵯峨とは、さきほどから箸を動かすたびに腕がぶつかっているが、それに対しても、かまう様子は見られない。
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