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「じゃあ俺と行きましょうよ」 「男ふたりで?」 「だめ? 俺はぜんぜん気にしないけど」 たしかに、嵯峨は細かいことを気にしないタイプらしい。 互いの腕がぶつかるのも、脚がくっつくのも、横並びで座っているのがまわりからどう捉えられているかということにも、てんで無頓着である。 対し、自分がずいぶんと狭量な男に思えてくるほどに。 「じゃあ、よろしくお願いします」 言って、古里は思い出した。 初めて彼と喋った時も、たしか自分はそう返事をしたのだった。 すると、嵯峨もそれに気づいたらしい。 「どういたしまして」 彼も、あの時とまるっきり同じ返事をしながら、やはりあの時のように屈託なく笑った。 ——HIGHWAYは、みくに、あやと、かなで、こう、しゅりの5人で結成された男性アイドルグループで、今年でデビュー4年目を迎える。 最年少のあやとが17歳、最年長のこうが24才で、メンバーの平均年齢は20歳。当然ながら、ファンの大半は若い女性である。 昨年の今頃は、まさか自分が、少数派に属することになるなど思いもしなかった。 あれはたしか秋ごろ、ちょうどボーナス商戦で仕事が多忙を極め、家でぐったりしていた休日だった。 なにげなく観ていた配信ドラマにメンバーのかなでが脇役で出ていて、彼に興味を持ったのがきっかけだ。 それからHIGHWAYのパフォーマンス、グループの魅力にはまるまでに、時間はかからなかった。 もともと、これといった趣味がなかったことも影響しているだろう。 HIGHWAYとの出会いは、古里の凡々たる生活に最大級のインパクトをもたらした。 それは喜びでもあり、戸惑いでもあった。 これまでアイドルに興味をもったことなどなかったうえに、自身は三十路に突入しようとしている独身男である。 決して公言はせず、密かに動画やSNSで情報収集をして楽しむ日々。静かに燃え続け、やがてひっそりと鎮火する——人生初の推し活は、そんな感じで幕を閉じるものだと思っていた。 だから、年の差はあれど、同じ男性ファンである嵯峨との出会いは、いわば光だった。 彼と知り合ったことで世界はワントーン明るくなった。大袈裟でなく、古里はそう思うのだ。
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