四 それでいいんだよ

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四 それでいいんだよ

『こもりん』  新商品のコンビニスイーツの名前っぽいが、ちがう。  ひきこもりやあまり社会参加していないニートらを、マイルドに呼ぼう、と過保護に制定された彼ら彼女らを呼称する名称だ。  そんなこもりんらに良心的なイベントが催された。  場所は交通の便のいいちょっと広めの公園。  池も遊具も芝生も充実したそのいっかくグラウンドに、なかなかに立派なヤグラが組まれ、かりだされた教職者や市役所職員らがたのもしく準備にはげんでいた。  こもりんが家出られんのかよ? と心配の声もありゆるされたこと。  こもったまま出てきていいよ。  布団。  コタツ。  寝袋。  テント。  バケツ。  傘。  めいめい工夫をこらした安心のなんかをかぶってぞくぞく集まってくる。  グラウンドはなかなかに密集地帯になった。 「あ。メタルギア居る」 「段ボールか。なんにせよ雨降らなくてよかったですよね」 「まったくもって」 「いろんなの背負ってきましたね。こんなに力があるならすなおに社会復帰しりゃいいですのに。て、それが一筋縄じゃいかないからこう云う方向へ力は」 「でるんですよね」  はっはっは、と大人の余裕なじゃれあいもあった。  舞台袖にて。  さてもさてもはいよいよイベント開始時間となる。  古参の体育教師がマイクにぎりしめ、きらびやかなステージ上につかつか歩み出で仁王立ちした。  小豆色ジャージをウェストインしているのが期待をうらぎってない。 「なんでお前ら来たァ?!」  いっぱつめから怒号。  ひィ、とちいさく悲鳴が各所からあがる。  サササ、とこもりモノに頭ひっこめるこもりん、多数。 「はーい、賞品のジャンクフード一年分に釣られて!」  なかなか度胸のある挙手があった。  ウェストインは装備していた竹刀でそいつを指した。 「こもりんが積極的に発言すな! 解散! ここ来た時点でお前らこもりんじゃない! 帰れ帰れ! こらそこ連れだって帰ろうとすんなコミュ障でこそのこもりんだろが!」  知らねーよなんだよこのイベント!  でも空綺麗だよありがとなティーチャ群!  こもりんはそれぞれ参加賞のおやつパックいただき、すたこらと散って行った。  帰り、なんとなく目線のあった三名ほどの女子らは駅で立ち話になる。 「へー、こもりんになるきかっけ、て、実際ホント色々よね」 「今はSNSあるから、スマホいっこで心だけなら自分ちから世界旅行しほうだいだもん。動くのめんどー」 「ガッコも人間関係もやだわー。そう、いじめっ子ってさ、私ちょっと気づいちゃったんだけど、もしかあのヒト達って、私らが勉強してる時間に私らをいじめるアイディア、ねってるかもしれないんだよね?」 「え、あ、ホントだ」 「わー、徒労。人生の」  絵に描いたように、女三人よればかしましい光景だ。  ファストフード店にすら入れず駅で立ち話、てのもこもりんらしかろう。  カネも度胸もないんだもんな。  この話し声だって、周囲の迷惑にならないそこそこ音量だ。  三人はこもりんなりに、現代日本をうれえる会話にまでおよんだ。  箸を正しく持つこともできない、漢字を使い流麗な文章をつづることもめんどうがる、SNSで悪口バラまいてストレス発散する、多様性の概念を自分に都合のいいようにまちがえる、おさない我が子を公衆の面前で蹴とばす、それからそれから‥‥。  どこに行ったの?  あのかしこく奥ゆかしい美しかった日本人。 「ん。なんか話しババくさくなってない?」 「あらホント。やだやだ私ら一〇代じゃん、ぴちぴちしなきゃ!」 「てかさ、あんた達、よく私なんかとおしゃべりしてくれたね」  あ。  私も私もー、と、三人はなんだか胸がぬくかった。  ありがとね  タメ口きいてんのもね  そそ。今だけのつきあいでいい、そんな気安さ?  嫌われていいもんね  あー、考えすぎなくていい、ラク  ん? こんなんでいいんじゃないの? 対人関係て  あ。  なんか、気づいちゃった。  そんなこもりんそこここで多数発生の日。  の、次の日。  不登校児童生徒が何十万人なんて学校教育が行きづまったこの国で、ちょっとした奇蹟がおきた。  朝のさわやかな学び舎に、さァ挑め生まれ変わった若人らよ。 「あれー? 田中久しぶり! こもってたんじゃねーの?」 「や。こもりんに意味ねェって気づいて。よっぽどのヘマやんなきゃ、人生てのは失敗していい、また立ちあがれるんだって悟ったんだ。つかこもりんこそがヘマだったってことと、別にこもることに意味なかったな、て、それも気づいた」 「ふーん、ま、いいや。な、今日ガッコ終わってよけりゃ遊ぼうぜ。カネねーしコンビニで駄菓子でも買って公園で喰お。なんかしゃべりながら」 「うん、やってみたい。楽しそう」 「はは、そうそう、楽しいたのしい。他の面子もそろえっか。いい奴らよ?」 「うん」  田中の肩に級友の腕がまわり、教室へ導いてくれる。  ちゃんとすなおな失礼でない本音で居れば、みんな怖くなかった。  きらわれたくない傷つきたくない、と、過敏になっていたから疑心暗鬼によりヒトが怖かったんだ、と田中の場合はそうひらめいた。  ヒト、て怖いばっかじゃないやさしい。  それに自分の世界で出逢うヒトたち、二割には好かれるけど六割にはどうでもよく思われてて残り二割にはどうしたって嫌われる、そんな数字があんのよ。  テレビに出てるアイドルだって、いくら人気モノアピってたって二割にしか好かれてない、六割にもの心の箸にも棒にもかからんし、二割の誰かの癇には障りきらわれてんだよな。  あのイベントの一応あった本当のテーマはこれだった。  うじうじ考えてばっかじゃなんもない。  まずは一歩、外に出てみなこもりん達よ、だ。
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