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八 ほのぼのウィータ
スマホのタイマーが、いつもよりゆったりめな時間に鳴った。
寝ぼけまなこ、ケイコは曜日確認してにんまり朝から良い気分。
だって今日って日曜日。
昨日、土曜日晩から家族中でわくわくしてたけど、このゆとりある朝の空気、たまらんなー、と、新聞広げ珈琲飲んでいた夫・タカシと語りあう。
玉子料理もできたウィンナも焼けてるホットケーキもふんわりのこうばしい香りが漂うあたり、果物の皮むく手を止めず、ケイコはタカシを遣わした。
息子・マサミのもとへ。
日曜日だからかまわんたァ云え、ほどほどで起きることうながしに。
マサミはとっくに起きて朝日とベッドのなか読書していた。
自室のドアをノックする音と同時にベッドを出、数歩、開いたドアのむこうに居た父に駈け寄り抱きつく。
「とーちゃんおはよ!」
「はいおはよ。ほら、母が呼んでる」
先に階段を降りてゆく愛息の背中は、まだまだ中一の華奢さでただし小坊のころよりちょっとたくましくなったようで、父はうれしかった。
さー、家族もそろいおうち日な日曜朝です。
三人、手をあわせて。
「「「いただきます!」」」
テレビからはさわやかにどっか風光明媚な場所の映像と、しずかな音楽がBGMとして流れている。
朝食の場リビングダイニングの天窓からは、まっさおな空が気持ちの良い光りをくれた。
「はい、週間報告。家長殿から」
ケイコが指名した。
この家のルールだった。
家族間でできごとを共有しあい、円満な家庭環境を作ったり情報のいきちがいによる詐欺被害をふせぐためにだったりで、結婚初期からやってきたことだ。
青じそドレッシングからませたレタスしゃくっと飲みこみ、タカシは珈琲カップのふちに指をやる。
「二階から目薬、てあるだろ?」
愛妻と愛息がうなずいた。
「で、俺んとこの社屋、三階までふきぬけなんだ。屋内なこと利用してやってみたら成功したんだよ、二階から目薬も三階から目薬も物理的に」
「え。すげー!」
「こらこら、あんたも同僚も何やってんの? 仕事しなきゃだめデショ?」
マサミは純粋におめめ丸く、ケイコはあきれたようにおめめ丸く。
「や、これが会長から発案のちゃめっ気で。役員から手のあいたヒラ社員からみんなでアツくなったぜ魔改造の夜みたく」
「うおお! いーなおれも学校でやろ!」
「やめようねまーくん。学校がよくてもPTAから白い目で見られんのは母よ?」
「じゃ、今日やろーよ。このあとうちで」
「あらそれならいいわ」
いいんだ
ことの発端ながらタカシはツッコみ入れる胸があったかい。
我が家族、だからきらいじゃないな
と。
そんな日曜日の午前中、ローン組んだる一軒家の庭先と二階ベランダ間で、物理的な二階から目薬実証実験はおこなわれた。
右!
はいもうちょっと目あけて動かない
うー入らんもどかしい
風ふいてきたね、やめっか
一家があおぎ見る空では、雲が早く行った。
これではどれだけ照準あわせて二階から目薬おとしても、軽いしずくは風にながされ命中は不可能だろう。
見切りをつけてふたたびリビングに集った一家は、それぞれのマグカップを手に日曜日の雑談を続けた。
「目薬、あれね。的めがけて軌道を変えてくれればね」
ナッツの香りのする珈琲すすって、ケイコがなんとなくつぶやいた。
マサミが父にむかって身をのりだす。
「あ、そうか。目をホーミングできる目薬! いいじゃん!」
「うおォ部長に言ってみる、ありがとよマイハニーアンドマイサン!」
そんな目薬ヤダにゃあ
リビングを横ぎる愛猫のマイケルだけが思ってた。
そんな一連のお話を後日、学校の授業でマサミは原稿用紙にしたためた。
自分史を書く課題のこと。
こんなゆかいな両親のもとに生まれしあわせな自分です、と。
「俺ができた過程あたりも書いていいスか?」
自他ともにお馬鹿さんキャラを認識する男子が、原稿用紙を配られる最初のほうで挙手し質問すると、笑いこぼれる教室でティーチャはあきれたような顔をした。
「先生がPTAに叱られない表現で許可します」
「保身に走った!」
生徒らがからかう。
「これだから最近の教師は」
「悪いかよ。先生はお前らを建て前だけでも健全に指導しなきゃ喰えないんだよ」
「きびしいっスねェ。じゃ、センセーほめちぎっとこ」
「それもまたなんともなァ」
すべすべ丸く、やさしいあまさでおだやかな大福みたいな愛すべき日々。
こんな風合いのまま生きて死ねたら。
ちょっとアンニュイにマサミが窓から見た空に、まさに大福みたいな雲が居た。
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