壱 生きてたいヨッシーとして食みながら

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壱 生きてたいヨッシーとして食みながら

 空が綺麗すぎて恐れおおい。  青がはてない。  雲のむこうへ飛んでみたいと両手を広げる。  息をしてきびすを返し、駅舎をぬけホームに立った。  電車はいつもの混みようだった。  車掌さんはもちろん運転手さんが女性だととってもときめく。  あの華奢な背中にどれだけの責任や期待を背負って、正確な電車の運行に努めているのだろう?  出発の合図など舞を舞うように華麗だった。  駅より徒歩になり、マスクとって風を感じる。  秋の入り口、は。  果実酒のように芳醇な香りがする。  すべての命が熟したあのなんとも云えない。  素敵な想いで帰宅するも、玄関を入るなり体から力がぬけた。 「んでー、それからよ。小一時間くらい爆睡して、起きて泣けた」 「ほほう?」 「自分をそまつにあつかってたな、て泣けた。インナーちゃんの声は聞こえんだけどさ、あんま、耳かたむけてなかった」  しょんぼりする吉井の頭を、バンダース・ナッチ、愛称カーネル・バンダースことカーネルはよしよしとなでてやった。  お髪、傷んでおりますな、手触りがちょっとごわごわ。 「食べることもがんばることも、できんのよ。それが今転換期、らしいのよな」  テレビではDVDを再生している。  大好きな邦画『ピンポン』だ。  原作漫画もどれだけ読んだかなァ、と、吉井はペコの純粋な強さと、スマイルの屈折したあまえんぼさと、を考えた。  吉井のとなりにはカーネルが座っている。  並んで鑑賞中だった。 「吉井殿は、自分のなかに何を見ます?」 「え。光り」 「ほほう、よろしい」 「豆電球だけどね。風前の灯火みたいだけどね。自分は生きてるよ」  そうなんだ。  いっぱい泣いて、いっぱいおちこんで、いっぱい食べた。  過食が怖い。  もうしないだろう過去の絶望は、どれだけ今を支配しているのだろう?  食べたくないわけじゃない。  相方とおいしいモノ食べンの、好き。  相方においしいモノ食べてほしいな、て、料理がんばるのも楽しい。  生きてたいんだ。  それを何が邪魔する?  自分だよ。  さんざほっとかれてつめたくされて、傷ついたインナーチャイルドの自分だよ。  ペコとスマイルの並んだ背中かわいいなァ。 「吉井殿、話題混線してますぞ」 「うんそだね」  魂のなかの世界で、吉井はラニアケア超銀河団もめぐることができる。  カーネルと空も飛べる。  ひとりでもソーダファウンテンに出かけられる。  現実には愛車・花田丸に乗っておつかいや図書館に行けるだけでも、空をあおげば可能性は無限大だ。 「信じておりますか? ご自分を」 「まァそこそこに」 「よろしい」  吉井の視界で、カーネルがにっこりした。  それに対してかえってくる微笑み、光りをうしなわない目を、とても綺麗だとカーネルは思う。 「よし、そろそろ昼時ですな、わたくしメシを簡単ながらこしらえましょう」 「もうそんな時間かい」  スマイルとチャイナが真剣勝負している。  クールにホットな青春はなんともなつかしい。  しばしお待ちを、と、カーネルは吉井のエプロン着けて台所に立った。  パスタは百均で買ったレンチングッズで茹でられる。  食材がそろっていることは承知なカーネル。  ささっと一品、梅こぶバジルパスタ。 『クッキングパパ』にあったレシピを、お手軽にアレンジしたモノだ。  湯気のたつ食卓を、昼餉のそれをふたりで囲んだ。  お手々あわせて。
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