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「事故って入院、今度は雷に打たれて入院、次は? 銃撃? ……隕石?」
「もう勘弁よ、今も色々と不穏な感じなの。色々焦らないで、しばらくはゆっくり職探し」
「困った時はいつでも言って」
そう言ったローリは、鞄から1枚の写真を撮り出した。
「何これ、ポラロイド……え、うっそ!」
「そう、まさかなの」
それは、白黒に曲線が入っただけの写真だった。
エコー写真ってやつ。そう、おめでたいやつ。
「おめでとうローリ! もう、いつ分かったの? それこそすぐ教えてよ」
「昨日の夕方。気分が悪くて病院に行ったら……妊娠10週目ですって!」
「オレは前から気分が悪いなら病院行けってずっと言ってたんだ。仕事を辞めてから行くと言い張るから、危ない病気じゃないかとドキドキしていたよ」
「もう、驚いたじゃない! いいわね、幸せ全部持って行かれちゃう」
「あんたもこれからよ、あたしが年齢分ちょっと先に経験してるだけ」
ローリが妊娠! ママになる! 結婚も決まり、子供に恵まれ、旦那になるエリックも素敵な人。私まで嬉しくなっちゃう。
羨ましいのは本当。だけど幸せを隠し切れないローリの姿をみていたら、祝福以外何も考えられない。
「だからコーヒーじゃないのね」
「そう。100%オレンジジュース。砂糖の摂り過ぎもだめ、カフェインもだめ。あんた、生まれてきたら覚えときなさいよ」
文句を言いながら笑い、優しくお腹を撫でるローリ。私もエリックもひとしきり笑った。
「それで、あんたディヴィッドの所には行ったの?」
「……ううん、行ってない。もう彼女じゃないもの」
「前にも言ったけど、ディヴィッドの親と結婚するわけじゃないんだよ。あいつの気持ちはまだあんたにある、絶対に」
「でも彼の親に顔を見せるなって言われて、お前のせいでって言われて、私、どんな顔して行けばいいの」
ローリの言いたい事は分かる。本音では私だってディヴィッドとの別れに納得はしていない。
嫌いになったわけじゃないし、まだ引き摺ってる。嫌いなところなんてなかったもの。
「ディヴィッドが目を覚ますまで、猶予を貰いな。あっちの親もあんたのせいって言いながら、責任を取れとは言わなかったんだよね?」
「言われなかったけど、行って責任を取れって言われたら」
「……ローリ、実はオレ、ディヴィッドに相談を受けていたんだ」
「相談?」
エリックが言い難そうに下を向く。相談? まさか、別れ話……?
そう言えば、事故に遭った日はなぜあんなドライブに出たんだろう。
遠出なんて殆どしなかったのに、急に火山の見える自然公園に日帰りだなんておかしいよね。そこで別れ話をされるはずだったのかな。
優しく頼りになるディヴィッド、対して減らず口、気遣いもできなくて仕事の休みも合わない私。
時には諫めながらも優しく甘やかしてくれるディヴィッドに、私は何が出来たんだろう。愛想を尽かされていたのかな。
「もしディヴィッドが目を覚ましたら、オレから聞いた事は黙っていて欲しい」
「ちょっと、エリック! 秘密だって言われたでしょ」
「黙っていられるはずないだろ。ディヴィッドだって分かってくれるさ」
「ちょっと待って、2人共知ってたの?」
ローリも話の内容を知っているみたい。
アイスコーヒーのグラスの汗のように、私の背中を冷たいものが伝う。
「あのね、あたし達もあの日、自然公園に行くはずだったの。あー……正確に言うと行った。行って、あんた達を待ってた」
「待ってた? え、約束してない」
「17時に展望台って、ディヴィッドに頼まれたんだ。これを持って来てくれって」
エリックはそう言って小さな箱を私の前に置いた。
白い立方体の箱を見ただけで、何かは分かる。
恋人との甘い日々や結婚に憧れを抱いていれば、誰だって意識するものだから。
「リング? うそ、でしょ」
「これを預かってた。2人が火山を見ている間にお届け物ですよって、渡すつもりだった。わざわざデリバリーのコスプレまで用意してね」
「噴火しない火山の代わりに燃え上がる、面白いだろってさ。くっさいよね、でもディヴィッドらしいと思った。あんた、それを断るの?」
気付けば私の目からは涙が溢れていた。
ディヴィッドは私を幸せにしてくれるつもりでいた。私を愛してくれていた。
そんな大切な人を、私は勝手に諦めようとしていた。
もしかしたら、事故さえなければ、今ここにディヴィッドがいたかもしれないのに。私はそのリングを着けていたかもしれないのに。
妥協した先に、明るい未来はない。
私を大切にしようとしてくれた人を、今の私は大切にしようとしていない。
「……今日、病院に行く。あなた、目が覚めたら覚悟しときなさいよって」
「あはは、そうこなくっちゃ! じゃ、今からあたし達も一緒に行ってあげる、預かった婚約指輪だってあるんだから」
「有難う。それじゃ……あー……」
そうだった、忘れてた。私は死神と死神探しをしなくちゃいけないんだった。
「……ごめん、なんか流れでこうなちゃった」
『構わない。だが、ちょっと気になる事がある』
「気になる?」
口元を拭くように見せかけて、死神に小声で話しかける。まさか、ローリに死神と一緒だなんて口が裂けても言えない。
『……いや、外を飛び交う死神の数が気になる』
「え、行き交う?」
私が恐る恐る振り返ると、一見いつもと変わりのない道路が目に映った。行き交う大勢の人々は、不機嫌そうであっても弱々しくはない。
でも、昨日は殆ど見なかった死神が2体飛んで行くのが見えた。
いや、もしかしてこの喫茶店を意識してる?
「ローリ、エリック。そろそろ出ない? ああローリは無理しないでいいのよ、大切な時なんだから」
「体調はばっちり。じっとしていたって、絶対に妊娠中毒症や切迫流産にならないってわけじゃないのよ」
この喫茶店から離れた方がいい。そう思った私は2人に退店を促した。
でも、死神はそんな私達を制止した。
『待て、ローリだ』
「ん?」
『心なしか、店の内外に弱った者が多い。ローリは本当に何ともないか。体調を訊け、すぐに』
「あ、あーローリ。外は結構暑かったし、どう、本当に無理してないよね? 私のためとか思って我慢してないよね?」
「あんた、あたしより心配してんの? 大丈夫よ、まあちょっと冷房が効き過ぎて寒いかなって」
「え?」
私とエリックは互いに目を合わせた。
この店は大きなガラス窓のせいで外の熱気が伝わってくる。店の中は少し暑いくらい。
「お、おいローリ、寒いってマジかよ」
「あー、ごめんローリ。この店、暑いわ。寒くなんかない、寒がりな私が断言する」
「うっそ、鳥肌が立ちそうなのに?」
『ローリを病院へ、今すぐに』
死神が珍しく焦り、窓をすり抜けて外に出た。
外で見かけた死神は、ローリを狙ってる?
「ローリ、落ち着いて聞いて。私その、似たような症状で倒れた人を知ってるの。あーえっと、こう、熱はないのに凍えだして、あー……本当は暑いのに」
「脳梗塞」
「そう、それ! いや、決まったわけじゃないけど、診てもらおう、ね?」
大げさだと言いながらも、私とエリックの慌てようで自分の状況を把握できたみたい。
極めつけは隣のテーブル。
汗をかいたおじさんがメニュー表で扇ぎ、クーラーが壊れているのかと悪態をついた。
「うっそやだ、冗談でしょ?」
「エリック、私お会計する! 救急車お願い! 会計終わったら外で到着を待つから!」
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