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ウェイターに事情を伝え、代金を支払った。ついでにチップも渡してもう少し安静にさせて欲しいと伝えると、私は通りへ飛び出した。
「ちょっと、どこ! 死にが……」
ふと空を見上げた時、私は驚愕した。
快晴の空に、何十体もの黒い影が行き交ってる。
この全部が……ローリを狙っているの?
「あっ! ちょっと!」
『これは、町の中で何かが起きているぞ』
「ごめん、どうなってるの? ローリもその一環?」
『どうやらそうらしい……な!』
救急車の到着を待つ私の前を、1体の死神が通り過ぎようとした。向かう先は、喫茶ブラウン。
「まさか、ローリ!」
『任せろ!』
死神が大鎌でそいつの鎌をひっかけた。相手はそれに驚いたものの、向きを変えて襲い掛かってくる。死神同士であれば互いに触ったり出来るのね。
大鎌の刃をぶつけ合う音が通りに響く。この音は私にしか聞こえていないみたい。
黒い影が蜃気楼のように空気を揺らし、互いを狩らんばかりだ。
見ると、そこらじゅうで死神が獲物を渡すまいとぶつかり合っていた。
これ、狙われているのはローリだけじゃないんだわ。
『弱った妊婦を狙えば子供と合わせて2人分だ、死神が狙いやすい! オレが……食い止めるから早く病院へ!』
「病院に行ったって、狙われちゃうでしょ!」
『同時に回復も見込める! 命を刈り取れるまで弱らなければ勝ちだ! 回復途中の者への狩りは失敗の可能性が多いから、病院は滅多に狙わない!』
死神がローリを守ろうとしてくれている。彼にとって、見ず知らずの人なのに……他の死神を追い払い、店内の一切を壊すことなく暴れまわってる。
「あー、落ち着いて、落ち着いて聞いて」
「何、何か分かったの?」
「ローリの症状は分からない、でも、多分この周辺で同じ目に遭ってる人がいる。外で似たような事を言ってた人がいたの」
「うっそ、まさか食中毒? それとも何かの流行り病?」
説明が難しい。何よりまだ原因は分からない。
ローリは死神の事を聞いて、ちゃんと受け入れてくれるかな。私が死神と一緒に行動していて、ローリの異変は死神が気付いたなんて。
外で大量の死神が争い、人々が命を刈る「狩り時」を狙ってるなんて。
外に救急車が停まる。ローリを搬送するため、担架が降ろされた。
「すみません、救急の通報は」
「あ、私です! 友人が突然寒いと言い出して。妊婦なの」
「分かりました、患者さん、お名前は言えますか」
「ろ、ローリ・ウォーカーです」
「さあ、乗って」
ローリが担架で運ばれ、店の外に出ようとする。
私は死神にタイミングを尋ねた。
『俺が合図する! 救急車に乗ったら俺も後をつける!」
「隊員さん待って! 今は外に出ちゃダメ! あー、お願い、私の合図で乗せて!」
いつの間にか、ローリを狙う死神は2体になっていた。
「ローリ、あなた幽霊否定派だったよね」
「いきなり、何?」
「エリックは、幽霊の存在を信じる?」
「まあ、信じるに値する事件でも発生すれば」
「じゃあ今がその時よ」
死神が片方の顎を蹴り上げ、もう一方の奴の鎌を弾き飛ばした。2体とも怯んでローリを見ていない。
「おい、何だ一体」
『今だ!』
「今! 今乗せて! 乗せたらすぐに病院へお願い!」
一番様子がおかしいのは明らかに私。ローリは気分が悪いと言ってもまだ無事。
だけど、何かを感じ取っている事は伝わったようで、救急隊はすぐにローリから症状を聞き、病院の照会を始めた。
「聖アンナ中央病院へ、受け入れできる」
「よし、どうしますか、お二人は」
「ジュリア、何か分かんないけどローリと一緒にお願いできるか。オレは裏に車を停めてるんだ、後を追う」
エリックと別れ、私は救急車に同乗してローリの手を握った。これは私が出来る唯一の方法。
無関係な人間に鎌を振り下ろせば、自分にペナルティが発生する。死神が守ってくれているなら、ローリだけに狙いを定め、確実に仕留めるのは難しい。
周囲に邪魔がある状態を作ることで、狙いづらい状況を作り出すの。
「隊員さん、多分、あの周辺にローリと同じ症状の人が複数名いるはずです」
「えっ?」
「あー、同じように気分が悪い、寒いと言っている人が何人か」
「うっそだろ……感染症か、毒物か、原因に心当たりは」
「私は文学部卒よ!? 分かるわけないじゃない!」
ローリは私の洞察力を疑ってる。私は気が利く方ではないし、どこか抜けていると言われてきた。見ず知らずの他人の心配をする性格でもなかった。
でも今はこれじゃいけないと思えるようになった。
死神は今も救急車と並走して戦ってくれてる。
「ジュリア、あんたどうしたの、急に変わったみたい」
「落雷のおかげかもね。……私、幽霊が見えるようになった」
私は自分の能力を明かそうと思った。
ローリが幽霊否定派なのは知っているし、教えたからって確かめようもない。だけど、人知れず頑張ってる死神も報われて欲しかったの。
「ちょっと今? 縁起でもない」
「ローリが信じてくれると思って話してるんじゃない。私も数日は頭がおかしくなったんだと思ってた。だけど、違うの」
「変な宗教に入信してないよね?」
「してない。信じてくれなくていいから、聞いて欲しいの。幽霊というか、死神があなたを狙ってる。それを教えてくれたのは……私の死神なの」
ローリだけじゃなく、救急隊員も怪訝そうに私を見る。
ついでにお前も診てもらえとでもいいたそうだ。
「本当は周囲で苦しんでいる人なんて見かけてないし、話も聞いてない。だけど喫茶ブラウンのあった通りを死神が大勢行き交ってた。ローリを狙う死神もいた」
「……小説家にでもなるつもり? ごめんけど見えないし根拠がないわ」
「信じてとは言ってないってば。死神は元人間なの。弱った人の命を刈らないと、自分が生き返れない。だから他の死神はローリを狙った」
ローリは信じなくていいと言われたからか、呆れ顔で救急車の天井を仰ぎ見る。
「だけど、私はそんな死神の蛮行を止めたいという死神に出会った。彼に協力して、今も彼は他の死神を追い払ってローリを守ってくれてる」
「もういいわ、分かった。信じるわ、是非今度紹介して? ランチでもどうかしら」
「ローリ。私はただ、お礼を言われることもなく存在すら認識されず、それでも救ってくれようとする人が……報われて欲しいと思っただけ。はい、話はおしまい」
私の話が終わった時、ふと救急車の無線が聞こえた。
≪体調不良者2名、炎天下で凍えそうだと自ら通報、38歳男性、36歳女性、セントラルストリート36番地……≫
≪ブティックで急患! 63歳女性、寒いと呟いて座り込んだ後、痙攣し意識不明。セントラルストリート……≫
≪飲食店で食中毒発生です! 21歳女性、26歳女性! 腹痛を訴えた後で高熱! セントラルストリート48番地、1階の喫茶ブラウン≫
救急隊員が驚いている。
私が言った通りの状態になったからだ。
「噓でしょ、喫茶ブラウンで? あたしの他にも」
「あ、あの、あなた。何でこの事態が分かったんですか? あの喫茶店の周囲から一斉に通報が……いや待てよ、1時間前にも1台出動があったはず」
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