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外では目立つからと、私は再び暗い建物の中に入った。2階は柱が立つだけで、壁を打ち抜いて1フロアにしているみたい。そこにも死神がいて、その数およそ50体。
「あー……場違いなのは分かってるけど。改めて自己紹介します、ジュリアです。訳あって私はあなた達が見えるし、会話も出来ます。ちょっと話を聞いてくれませんか」
『うっそ、生きている人からは見えないし、会話も出来ないって聞いてるんだけど!』
『おいおい、まずいんじゃないのか?』
死神達は動揺してる。そりゃそうよね、今の今まで目の前に生きた人がいるのに、自分だけ気付かれない日々を過ごしていたんだから。
私は恋人と共に事故に遭った事、その際、死神の鎌で魂を削られている可能性がある事を伝えた。
私のような人が他にもいるのか、残念ながら分かる死神はいないみたい。
「私は……恋人を助けたいんです。ディヴィッドの魂を刈った死神を探しているんです!」
私がそう言った瞬間、死神達が一斉にブラックへ顔を向けた。正しく言えば全員顔が分からなくて皆のフードの動きしか分からないんだけど。
ブラックが一緒だったから、そいつがディヴィッドか! って思ったのね。
ブラックが両手でやれやれとポーズを取る。
「あー、彼じゃないの。ディヴィッドもどこかで死神として活動している可能性はあるけれど。あなた達の中に、私とディヴィッドの魂を持ってる人、いないかしら!」
もちろん、自分が持ってますなんて名乗り出てくれるとは思わない。というか、刈った相手の名前なんか把握してないかも。
スマホのライトだけが照らす空間に沈黙が流れた後、誰かが口を開いた。それは、予想外のものだった。
『あなたの期待には応えられそうにないわ。ここにいる死神は、他人の命狩りを拒否して死を待つ者の集まりなの』
「……えっ」
『オレ達だって、そりゃ生き返りたいさ。でも他人の命と引き換えだなんて無理だ。生き返った時にどんな顔して笑えばいい? 代わりに死ぬ奴になんて謝ればいい?』
『あたし達は運命を受け入れる事にしたの。この体のお陰でお腹も空かない、トイレにも行かない。空を飛んで何処までも行ける。それで良しとして過ごしてるのよ』
ああ、やっぱり。何が何でも生き返ってやるって死神ばかりじゃないんだ。
他人を身代わりにはしたくない、そう思って死を受け入れているのね。
『命を狩ってる奴らは確かにいる。苦悩を抱えながらも奴らは奴らで必死だ。そして、刈ったのが誰の魂か、恐らく把握はしていない。懐のポーチにしまっているとは思うけど』
「って事は、ディヴィッドの魂の解放は絶望的ね……」
諦めろ、そういう事か。でも、ブラックはそれでいいのかな。
他の死神を説得出来たら、この悲しい狩りは終わらないかな。死神に狙われなければ新たな死神は発生しないんだから。
この人達は死神になってからの50日を静かに過ごしているだけ。気持ちの整理をつけて、生き返るのではなく死を待っている。
魂を刈った事はなく、人としての誇りと尊厳を失ってもいない。
私が追い求めている死神とは正反対。全員がこうだったらいいのに。
「ブラック。なぜ私をこの人達に合わせたの? 魂を持っていない事は知っていたんでしょ。その様子だと、この中にディヴィッドがいない事も知っていたみたいだし」
『……すまない。俺は君を利用したんだ。本当は俺も生き返るのは諦めている』
「はっ?」
『聞いたように、特定の死神を見つけ出すのは不可能に近い。そいつが俺の魂を持っている自覚があるかも怪しい』
いや、じゃあ私は何のために? この数日、私は何を一生懸命やってたの?
ディヴィッドのためじゃなかったら、人助けなんてしていない。私はそういう人間。
優しくありたい、人に好かれたいと思っているのは本当だけど、私はディヴィッドのために変わろうと思ったのに。
まるでこの空間のよう、私の心は薄暗く、ぼんやりとしている。灯は消えた。
「私の空回り、見て楽しんでいたって事?」
『そうではない』
「期待するだけして、絶望に打ちひしがれる瞬間を見てやろうって? はんっ、そうよね死神だもの、私の心を殺すくらいワケないはずよ」
『違うと言っているだろう、話を聞け』
「話を聞け? 聞いた結果がこれじゃない! ディヴィッドは死ぬ、私の削られた魂も消える。おめでとう、あんたの殺し仲間が1人助かるわ!」
死ぬ覚悟が出来ているなら、もう私に出来る事はない。
ディヴィッドの前で決意したのに、私は結局何もできない。あと2週間もすれば期限切れで、次に会えるのは彼のお葬式。
いや、何も成し遂げられなかったから会う資格なんてない、か。
「ローリ達を助けてくれた事は感謝してる。有難う、さよなら」
『ジュリア、待ってくれ』
やめて。ディヴィッドと同じトーンの声で私の名前を呼ばないで。
彼が目覚めないと決まった直後に、彼じゃない奴なんかに呼び止められたくない。
『ジュリア』
私は無言でフロアを後にし、階段を下りた。きっともう外は真っ暗。ジャンキーや路上生活者が路地に溜まる時間。
こんな所に用はないんだから、帰ってシャワーを浴びて、ネットで誰かの憂さ晴らし動画でも見て寝るだけよ。
そして明日からは職探し。私は無職、見知らぬ誰かのために動き回れる程余裕がある人間じゃない。
優しくなる、彼に恥を掻かせない女になる、そんなのもうおしまい。そんな心はディヴィッドより先に棺に入れておくわ。
『ジュリア』
ブラックが追ってきている。私を騙したくせに、まだ何か用があるの?
ああムカつく。こんな長年履かなかったスニーカーまで買わせて。靴底だか指先だかがギュッギュッて鳴るのホント嫌い!
ピンクを選んだのは私だけど、それも含めて全部こいつのせい。
『ジュリア』
「……何よ! ついて来ないで! 私はディヴィッドのためになるから頑張ろうとしたの、他人のあなたのためじゃない!」
『聞いてくれジュリア、計画があるんだ』
「は? 聞いた結果がこれじゃない! それに気安く呼ばないでくれる? 他人に向かってジュリアジュリアって馴れ馴れしい! ジュリアさん、くらい言えば?」
性格が悪いなんて、分かってるし自覚してるし、もう隠そうとしていない。私はディヴィッドのためだから変わろうとした。
そうじゃなかったら……彼に好かれるためじゃなかったら、変わった私を誰に見せたいわけでもなかった。
ああ、会いたいな。指輪を渡そうとしてくれた彼は、私の悪い性格も直そうとしている努力も、全部受け入れてくれようとしたのに。
『彼らの声を、生きている者に届けて欲しいんだ。そうすれば狩る事を諦めて、こちらに付く者も出てくる!』
「希望的観測で動くのはもうおしまい。ここは現実なの。かもしれない、性善説に縋ろう、そんなの終わり。ってか始まった事ないの。時代はいつも性悪説よ」
ブラックは誰の目にも映らない。私が無視をすれば、彼はいないも同然。私が澄ました顔で歩いて帰れば済む話。
踵を返してスタスタと歩く私を、ブラックが追って来たかどうかは分からない。
家の扉を閉める時、ブラックはいなかった。
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