健康診断受けてる?

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健康診断受けてる?

「・・・・健康診断は受けてる?」 ・・・・・それが、〝エミリー〟が初めて俺にかけた言葉だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「ねえねえ、今週末キューブモール行かない?」 「・・・キューブモール?」 「知らないの?隣町にできたショッピングモールだよ!ほら、あの〝ピースランド〟の跡地の・・・」 「ああ、あの事件あった遊園地の?」 「そうそう。お化け屋敷の中で客が全員殺されたやつ!」 「・・・まだ犯人捕まってないんだよね?」 「そうそう~怖いよね~」 「・・・・ちょっと、二人共、その話題は・・」 ある大学の講義前の教室。後方の席で楽しそうに会話していた女子学生二人を、あとから教室に入ってきた友人の一人が諫め、彼女たちは声のトーンを落とした。 「・・・え、なになに?」 「・・・あの、手前に座ってる人いるじゃん」 「ああ、陸上部の・・・」 「あの人の昔の彼女が、〝エミリー事件〟の被害者なんだって」 「え、ええ~!」 「私のゼミの人があの人と同中だったみたいで話聞いたんだ・・・・。本人は直前にトイレ行きたくなってアトラクションに入らなかったから助かったけど、残された彼女は一人で入ってそのまま中で殺されたって・・・」 「え、えええ~辛い~」 噂の〝彼〟は何も言わずに立ち上がり、教室を後にした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「・・・ったく、聞こえてるっつーの・・・・」 藤崎空太【ふじさきそうた】は宙を見上げて呟いた。 本来はあの教室で次の講義を受けるはずだった。しかし、背後から聞こえてきた会話の内容にいたたまれない気持ちになり、教室を出てきてしまった。 「まあこの辺田舎だし、噂が回るのも早いか・・・」 大学を出た空太は、目の前に広がる田んぼを見つめ、鞄からスマホを取り出し、時間を確認した。 (今日は部活ないし、このまま帰ろうかな・・・・) 〝あの人、彼女が〝エミリー事件〟の被害者なんだって〟 「別に、〝彼女〟じゃねーし・・・・」  確かに、空太は五年前のあの日、ピースランドへ行った。 でも、一緒に行ったのは、〝彼女〟ではなくて、当時仲良くしていた幼馴染の女の子だった。 彼女の名前は岬有未【みさきうみ】。 空太と同い年の、中学三年生。彼女ではなかったが、空太はずっと有未が大好きで、その日のデートの最後に告白するつもりだった。 しかし、その想いを伝える前に、彼女は殺されてしまった。 〝エミリー事件〟 それは、五年前の十月三十一日のハロウィンの夜、ピースランドの中にある『エミリーの館』で起こった。 ピースランドとは、隣町にある小さい遊園地で、エミリーの館は、その中にある、約二十人ごとに案内役に連れられて無人の館内を歩いて回る体験型のお化け屋敷だ。 そして、そのエミリーの館の中で、案内役のスタッフ含む客二十人が全員殺された。 死因は全員刺殺。ナイフで頸動脈を切られていた。館内に監視カメラは設置されていたものの、犯行はカメラの死角で行われたことと、カメラには音声マイクがついていなかったため、警備員もすぐに駆けつけることができなかった。 そして、殺された案内役のスタッフから鍵を奪い、人も監視カメラもない裏口から逃亡したらしい。裏通路に、血まみれのマントとナイフが捨てられていたが、マントにもナイフにも、指紋は検出されなかった。当時、エミリーの館のスタッフは入口の整備スタッフのみで、入口と館内の監視カメラに犯人らしき人物が映っていたが、全身黒のマントに身を包み、仮面を被っていたので、素顔は確認できなかった。 警察はランド内の監視カメラを全てチェックし、従業員、客に聞き込みを行ったが、当日はハロウィンで仮装客も多く、イベントでにぎわっていたため、犯人の特定は困難だった。そして、犯人の残したマントと仮面は、当時人気のあったホラー映画『ハプニング』に出てくる、笑顔を模した仮面をつけた怪人のコスプレで、ネットでもディスカウントショップでもどこでも買えるものであったこと、当日に同じようなコスプレをした人が何人もいたことで目撃情報が混乱し、捜査は更に困難を極めた。 そして、その犯人・・通称〝エミリー〟は、まだ捕まっていない。 あれから五年。事件直後の空太は精神的ショックが大きく、食事も取れずに寝込んでしまい、親の薦めで心療内科にも通った。後追いも考えるほどに追い詰められていたが、結局死ぬ勇気もなく、時間とともに少しづつ回復し、陸上部のスポーツ推薦で進学した高校では必死に部活に打ち込み、短距離走で全国大会まで出場することができた。 それを機に、女の子に告白されるようになり、何人かと付き合ったりもした。 しかし、どの子とも結局上手くいかなかった。 彼女たちが悪いんじゃない。何年経っても、空太は有未の死を、乗り越えられずにいた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「はあ・・・・・」 気が付くと、大学の近くにある、大きな橋の上に立っていた。橋の真ん中で立ち止まり、橋の下に流れている川を見つめた。昨日の台風の影響か、川の流れが早い。 (今飛び降りたら死ねるのかなー・・・・) そんな勇気もないくせに、そんなこと考えてしまう自分にも嫌気が差した。 「・・・・・・・・・・」 スマホを取り出し、あるSNSアプリを開いた。 表示されたのは、亡くなった有未のアカウントだ。 【今週末、学校帰りにピースランド行ってくる!!楽しみだけど、ハロウィンの31日だし、やっぱ混むかな~?( ・´ー・`)】 この書き込みを最後に、有未のSNSは止まっている。 「・・・・ピースランドかあ・・・・」 そう呟いて、鞄から財布を取り出し、財布の中にある〝メダル〟を手に取った。 そのメダルとは、あの日オープンしたばかりのエミリーの館で、期間限定で入場者だけが貰える日付入りの特典メダルだった。中で殺された有未が握りしめていた、有未の最期の遺品。 空太はこれを自分への戒めとして、財布に入れて肌身離さず持ち歩いていた。 橋の手すりに手をかけてメダルを見つめていると、途端に強い風が吹き、空太の目に虫が飛んできた。 「うわっ・・・・!?」 反射的に目をつむり、メダルから手を離してしまった。 「あっ・・・・!」 空太が目を開けると、メダルが風に飛ばされてしまっていた。 「わ、わ、うわ」 手を伸ばしたが届かず、メダルは出っ張っている橋脚の上に落ちてしまった。 「う、うそ~・・・・」 川に落ちなかったのは不幸中の幸いだが、橋の手すりから手を伸ばしても、メダルには届かなかった。つまり、手すりの向こう側に行かないと、メダルは取れない。 (ど、どうしよう・・・何か挟めるもの、家にあったかな・・・) (で、でも、こうしてる間に、また風に飛ばされるかも・・もし川に落ちたら・・) 川に落ちてしまったら、それこそ回収は不可能だろう。 「・・・・よし、」 (い、行ける・・・!俺の運動神経なら・・・) 空太は覚悟を決めた。手すりに足をかけて身を乗り出し、手すりの向こう側へ降り立った。 ほとんど足場はなく、手すりから手を離したら川へ落ちてしまう。手すりに手をかけてバランスを取りながら、空太は橋脚へ手をのばし、メダルを手に取った。 「や・・・やった・・・!」 (有未・・・・・!) きっと、天国にいる有未が手を貸してくれたにちがいない。そう確信して一安心していると、急に横から、大きな力で引っ張られた。 「!?」 横を見ると、黒いコートを着た中年女性が、空太の首を素手で掴み、子猫のように、空太の体を片手で持ち上げていた。 そして、そのまま手すりの内側へ強引に引っ張り入れられた。 「え、ええ・・・?」 混乱した空太は尻もちをついて女性を見上げた。 年齢は五十歳くらいだろうか。口元を黒いストールで覆っている、少し小太りのおばさんが、空太を見下ろしていた。 「あ・あの・・・・」 「・・・・健康診断は受けてる?」 「え?」 いきなり助けられて、予想外の質問を投げかけられ、空太は混乱した。 「持病とかある?何か大病患ってて、余命宣告されてるとか・・・」 「え?え?」 「いいから答えろ!!」 「あ、ありません!け、健康です!」 ドスの聞いた声で怒鳴られ、空太は反射的に質問に答えた。 「・・・わかった。行くわよ」 中年女性は溜息をついて、空太の腕をとって、歩き出した。 「ど、どこへ?」 空太が質問しても彼女は何も答えなかった。しかし、空太の腕を掴む腕力が強すぎて、振り払うこともできず、空太は彼女についていくことしかできなかった。 「・・・・・・・?」 空太が彼女に連れて来られたのは、橋の下の河川敷だった。薄暗く、辺りには誰もいない。 「おかしいわね。あなたのこと・・・データにはなかったんだけど・・」 彼女はブツブツ言いながらタブレットを触っていた。 「あ、あの・・・」 「ま、いいや」 空太が問いかけようとすると、その場にいきなり押し倒された。 「え・・・・?」 「少し痛いけど我慢して」 そう言った彼女の手には、ハンマーが握られていた。 「え、ちょ、待って・・・!」 「あんな場所で自殺なんてしようとするから・・・そんな気が起きないように、全身の骨、砕いてあげる」 「え、うそ、うそ」 (この人、俺が自殺するつもりだったと勘違いしてる・・・!?) でもしかし、何で骨を折られなきゃいけないのか。空太は余計に混乱した。 「ちょ、ちょっと待って、待って!!」 「暴れると余計痛いよ、」 「待って、本当に待って!!!!」 「・・・・・・・・」 空太が彼女の前で一生懸命手を振りかざすと、彼女は手を止めた。 「・・・・・・?」 「そのメダル・・・・」 彼女の前にふりかざした空太の手には、有未の遺品であるメダルが握られていた。彼女は目を見開いて、そのメダルを覗き込んでいた。 「この日付・・・。あの日、〝エミリー〟に行ったの・・・?」 「こ、これは・・・俺のじゃなくて、・・・と、友達のもので・・・」 「・・・・・・・・・」 「俺の・・・友達が、あの日、エミリーで、こ、殺されて・・・それで」 混乱しながらも懸命に弁明する空太を、彼女はじっと見つめていた。 「・・・・・・・・・・」 二人の間に、沈黙が流れた。 「・・・わかった。その友達に免じて、今回は許す」 そう言って、彼女はハンマーを引っ込め、踵を返した。 「え?」 空太はまた混乱したが、彼女は振り返り、空太の顔に人差し指を突きつけてきた。 「でも次、また自殺しようなんてしたら、容赦しないよ」 「いや、俺は」 「あと、・・・その〝友達〟。きっと、もうすぐ帰ってくるよ」 「え?」 「時間だから行かないと。じゃあね」 そう言い残し、彼女は走り去っていった。 「は・・・はああ!?」 どうやら、彼女はエミリー事件を知っているようだった。 ・・・それはおかしいことではない。事件当時連日テレビで大きく報道されていたし、海外のニュースでも報道されていた。日本人なら誰もが知っている。 だが、しかし・・・・・。 「もうすぐ、帰ってくるって・・・・?」 まだ混乱が治まらない頭を抱えて、空太は走り出した。
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