嫌われ者の幸福

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 秋は嫌われ者だ。春一番が吹けば春が来たと、梅雨空が晴れれば夏が来たと、雪が降れば冬が来たと喜んでも、木枯らしが吹いて秋が来たと喜ぶ人はいない。涼しくなってよかったって人はいるけど、それは夏が終わっただけで秋が来たわけではない。読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋なんて一番呼び方の多い季節だけど、それだってきっと嫌われ者を好きになろうとした努力の結果にすぎないんだ。  秋の精霊として生まれた僕は不幸だと思う。すっかり藻の生えた公園の噴水に腰掛けて、溜め息をついた。見上げれば雲に隠れた太陽がいた。各地に住む四季の精霊に指示を与えるのは太陽だ。僕の担当エリアは今は無風の時間だから、指示が来るまでは待機。暇つぶしに近くの木から赤茶色の葉っぱを何枚か摘んで、噴水に浮かべて遊んだ。 「誰もいないね」 「こんな天気じゃね」  二人の人間が公園に入ってくる。学校帰りの高校生だ。付き合いたてなのか、つかず離れずの距離を歩いてる。ここに座ろうと一人がベンチの座面を叩いて言った。もう一人が早速座り、冷たいと苦笑した。  太陽がキラリと僕に合図する。風を吹かせろって? せっかく人が来たのになんで? 渋ってるともう一回太陽から合図が来た。はいはい、わかりましたよ。嫌われ者は嫌われ者らしく、寒いだとか秋本気出しすぎとか、いっぱい悪態を突かれてきますよ。  噴水から降りて、波を起こすみたいに両手を大きく振り上げる。木枯らしが吹き荒れて、目の前のカップルも思わずうめき声を漏らした。  さぁ帰るがいい、こんな場所は嫌だからどこかに入ろうって僕から逃げていけばいい。  けれどベンチのカップルは風が入らないように襟首を持ち上げるだけで、立ち去る気配はなかった。一人が頬を赤く染めながら相手の方へ体を寄せた。もう一人が驚いたような声を出す。 「寒いから、寄ろ」 「うん。あったかい」  なんだか来た時よりもいい感じだ。さっきまではどこかもどかしそうだったのに、今はぴったりくっついて幸せそうにしてる。そっか、この二人は体を寄せ合う理由が欲しかったんだ。だから心まで寒くする僕の風がちょうどよかったんだ。  もう一度風を吹かせる。二人は寒いねと笑いながら更に身を寄せ合った。温もりを求めた体の距離が心の距離まで近づけて、奥手な二人の気持ちを繋げる。こんなことは嫌われ者の僕にしか出来ない。大発見だ。  カップルは陽が沈むまでベンチで過ごし、手を繋いで帰っていった。幸せそうな背中を見て、僕は自分が誇らしくなった。  温もりを与える春の精霊が羨ましいと思う。  生命を漲らせる夏の精霊が羨ましいと思う。  氷と雪を与える冬の精霊が羨ましいと思う。  けれど、秋の精霊だって捨てたものじゃない。誰かの距離をそっと近づけられるんなら、僕は幸せだ。
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