33.気づいてしまったから

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33.気づいてしまったから

   * * *  時は少し遡る。  ここはハインド家、二階、奥の部屋。  プラドの私室である。  ソラと別れてここに辿り着くまでの間、プラドのぐちゃぐちゃに絡まった思考は、ぐちゃぐちゃのままだった。  様子のおかしいプラドに家族は心配したが「疲れているから一人にしてほしい」とだけ告げ部屋にこもっている。  上着も脱がずにベッドに寝転ぶという行儀の悪い行動も、今は気にならなかった。  見慣れた高い天井を眺める行為に意味など無い。  ただ、そんな意味のない行為をし続けるのは、次の行動が思い浮かばないからだ。  否、何もしたくない、が正しい。 「……」  無気力になる体験は、初めてだった。  プラドはいつだって自信に満ち、たとえ敗北を味わおうと挽回すべく奮闘していたのだから。  そんな自分が好きだったし、これからもどんな壁にぶち当たろうとも、自分ならば乗り越えられると信じていた。  ほんの、数時間前までは── 「──……っ、くそ……」  眉間にシワを寄せ、仰向けのまま八つ当たりのようにベッドを殴る。  柔らかなベッドは安々プラドの拳を受け止め、きしむ事もなく、また何事も無かったかのように静寂が訪れた。  プラドは腹が立っていた。そして同じぐらい悲しくもあった。  腹が立つ原因は分かる。けれど、己を悲しめる原因は何なのか。  どうしてこんなにも、惨めな気持ちに押しつぶされそうなのだろう。  何もしたくない。けれど、何もかも破壊してしまいたい。  いつまでも収拾がつかない気持ちにまた苛立ち、悪循環に陥っている。  プラドは、たった一人の男に振り回されているのだ。 「──ソラ……メルランダ……」  名を声に出せば、また胸が苦しくなる。  しかし同時に、王都で見せた彼の顔が、次々と、泉から無限に湧き出る泡のように、浮かんでは消えていく。  嬉しそうにしていた。感情を出すのが苦手な彼だが、あの時は確かに嬉しそうだったのだ。  慣れない王都に不安を見せたのだって分かった。けれど手を引いて歩けば、安心したように微笑み握り返した。  いつも学園で憧れの眼差しを一身に受けている彼が、分からない事だらけで戸惑いながら、自分に教えを乞うて、物珍しそうに笑った。  珍しい魔術の本を自慢げに話す姿は、見たことが無いほど活き活きしていた。  自分にだけ見せる姿だと思った。他の者には見せたくないから、自分が彼にすべてを教えたいから、ずいぶん張り切って歩き回った気がする。  可愛らしいと思ったのだ。自分を頼り喜び楽しむソラを── 「──だから俺は……」  付き合ってやっても良い、と、思ったのに。  勘違い? 冗談だろう?  あれほど思わせ振りな行動をしておいて?  プラドはどれだけ振り返っても、自分は怒っていいだろうと結論に辿り着く。  いくら己の勘違いとは言え、あんな行動を取られれば誰だって勘違いするに決まってる。  それをソラは、まるで分かっていない顔で、まったく何とも思っていない顔で、淡々と現実を突き付けた。  これが怒らずにいられるか。  真実に驚き、己の勘違いに気づいて恥をかき、そして怒りが湧いた。  けれどなせだろう、恥をかかされたと怒りが湧くよりも、悲しみで心が沈んでいく方が遥かに速い。  悲しい、苦しい、でもなぜ、そんなに苦しいのか── 「──あぁ、なんだよもぉ……」  分かりたくなかった。でも分かってしまった。  泣きたいほどに悲しくて、消えてしまいたいほどに苦しい原因が。  輝く彼を誰にも見せたくない? そう思った時点でもう分かりきってるじゃないか。  ソラの想いが、自分に好意を持っていると確信していた思いが、違ったのだと突きつけられたからなんだと。  あの時、怒れば良かったのだ。思わせ振りな事をするなと、世間知らずなソラを叱れば良かったのだ。  けれどそれが出来なかったのは、手に入れていたはずの物が幻だと気付かされたから。  怒りより悲しみが勝ってしまったのだ。  そうだ、プラドは、自分は── 「はは、……」  ──自分は、彼の気持ちが欲しかったんだ。  気づいてしまえば、悔しいほどにしっくりくる。  この悲しみも、胸の痛みも。 「気づいたとたん失恋かよ……」  欲しかったものを手に入れたと思い込み、浮かれて浮かれて、とたんに地に落ちた。  自分がおかしな行動をとってしまうのも、呪いのせいなんかじゃない。ただただ彼が欲しくって、手を伸ばしていただけじゃないか。  まったく、恋愛などするもんじゃない。  恋に浮かれる同級生を鼻で笑っていたはずなのに、どうしようもなく振り回されている己を、今は鼻で笑う事も出来なかった。  
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