38.お前らしく

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38.お前らしく

   プラドが聞きたいと願えば、ソラは望み通り語りだす。 「キミはいつも、まっすぐ私を見ていた」  まっすぐ、そうだろうか?  ただ、ソラに追いつきたくて、追い越したくて、躍起になっていた記憶はある。  けれどソラは、自分に本気でぶつかってく人間を他に知らないと言う。  どんな手を使っても蹴落とそうとする負けん気。そのくせ料理対決ではそんな相手に手を貸してしまう、悪者にもなれない変わった同級生。 「……馬鹿にしてるか?」 「褒めている」 「……」  ややひっかかるモノを感じながらも、ソラが話を続けるのでプラドは黙る。  話は続く。  どんな小さな試験結果も見逃さず、ソラがどこにいようとも見つけてわざわざ伝えに来ていた。  そして今回はどんな偶然的理由でほんの僅か満点に届かなかったのか、次はいかにしてソラに勝つのか。  いつも決まって仁王立ちでソラにつっかかるプラド。  そんなプラドに、ソラはいつも思っていたそうだ。  他人の試験結果にまで興味を持つ、視野の広さに感心していたと。 「……」  やはり褒められているのか文句を言われているのか分からない話に、プラドは反応に困った。  そして客観的に見る自分の行動に、ほんの少し反省した。よくソラからウザがられなかったものだ。 「そういえば……」  プラドとの記憶を語っていたソラだが、不意に何かを思い出したように呟く。  また何か耳の痛い話を語られるのだろうかと身構えるプラドに、ソラが言う。 「プラドは私に話しかける時、いつも一人だね」 「そりゃ……お前がいつも一人だからだろ。そんなヤツに複数で押しかけるのは迷惑だろうが」  しかし何て事ない、ソラのほんのちょっとした疑問だったようで、プラドは安堵しながら答えた。  特に意識したわけではない。ただ自然と、ソラとは一対一で話すようにしていた。 「……ふふ」  そんな、自分でも気づいていなかったクセ。それを聞いたソラは小さく笑う。  何かおかしかっただろうか、と思うが、ソラの小さな笑い声は、面白くて笑っているのでは無いように思えた。  じゃあなぜ笑っているのかと怪訝に思えば、ソラは柔らかな声をこぼした。 「やはり、プラドはとても優しいのだな」 「優しい?」  いったい自分の何を指して言っているのか。  やはりコイツは変わってる。  そうは思っても、ソラがあまりに柔らかな声で言うから、否定の言葉なんてかけられない。  なんとなく、顔は見えないが柔らかく微笑んでいるような気がした。  プラドの好きな、柔らかな笑顔を──。 「けれど私は、気づかないで、キミの優しさに甘んじていた」  だが、急に花が散るように、柔らかさを失ったソラの声。  そんな声は聞きたくないのに、とっさに言葉が出なかった。だってこんなの不意打ちだ。  花が散った声は、更に続ける。 「プラドから避けられて、とても悲しかった」 「……っ、それは──」 「──でも仕方ない」  プラドの声を遮って語るソラは、弱々しくも強い意志が感じられた。 「こんな身勝手な私は、呆れられて……嫌われて当然だ」  自分に言い聞かせるように、自分を戒めるように、プラドすらも黙らせる冷たい言葉。  けれど違う、違うんだ。  歯がゆい思いが募り積もる。  お前は今、どんな顔をしているんだ。 「プラド、キミには一つだけ聞きたい事がある。怒らないで聞いてほしい」  ソラの話が、脈絡なくプラドへの質問に変わる。それはきっと、自分の思いをすべて話した合図なのだろう。  そしてこれが、ソラにとって今日のもっとも重要な目的なのだ。  プラドがそう感じたのは、ソラが僅かに顔を上げたから。それでも顔は見えないが、プラドの耳に確実に届くようにか、目の前の胸から顔を離し、はっきりとした声でプラドに問う。 「私にキスをしたのは、何の意味があるんだろうか……」  プラドは僅かに驚く。  キスの意味。なぜ今更、そんな分かりきった事を聞くのか。  普通ならば、考えなくとも分かるだろうに。  前のプラドであればそう考え、すっとぼけるなと怒っていたかもしれない。  でも、今なら分かる。  ソラは本気で尋ねているのだ。  そして分からない自分が許せないのだ。だからこんなにも苦しそうなのだ。 「……なぁ、拘束解いてくれないか」 「……帰るのか?」  そう言うと、ソラは強くプラドの服を握りしめた。  プラドの背に必死に手を回す姿は、まるですがりついているように見えた。  行かないで、行かないで、と。  またプラドを怒らせてしまったと思ったのかもしれない。  ソラのそんな弱々しい姿を見るのは初めてだった。  どんな困難な問題も、突飛な発想と魔術の力業でなんなく解決してきたソラ。  少しは迷えと思うことだってソラは迷いがなく、悩む姿など見た事がなかったのに。  なのに、今目の前に居るソラからは、迷いと不安が伝わってきて、こんな姿、まるでソラらしくない。  しかし自分が、そうさせてしまったのだ。 「……逃げねぇから。ぜったいに、お前の前から居なくなんねぇから、さ……」 「……」  そんな姿見たくない。ソラはいつだって自信に満ちて、迷うこと無く突き進んでほしい。  あきれるほど挑んだ己のライバルは、必死に手を伸ばして掴みたくなるほど、輝いているはずなのだ。  ──それでこそ俺のライバルにふさわしい。  体に巡っていた魔力が解除されていく。  腕の強ばりが解けていくと共に、ソラもゆっくり体を離した。  けれど、ソラの体が完全に離れる事はなかった。プラドが強く、抱きしめたからだ。  ソラの迷い悩む姿は見たくない。  彼には、ずっと、自分の隣で── 「お前が好きなんだ……」  ──ずっと自分の隣で、お前らしくいてほしいのだ。  
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