第4話 蛙の祟り

2/5
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 奥村には、少年が恐怖と驚きで身体を固くしているのがわかった。誰かに助けを求めるかのように後ろを振り返った。誰もいないことがわかると、少年の顔からみるみるうちに血の気が引いていった。  奥村はぞくぞくした。動けなくなった小動物を叩き殺したい衝動に駆られているのだ。このナイフでどうやって痛めつけよう。しかし、彼は凶暴な衝動を抑えた。まずは、金魚鉢の中身を拝見してからだ。 「その金魚鉢、見せてくれよ。すごく大事そうにしてるじゃねえか」奥村はできるだけ優しい声をだした。「値段の高い金魚でも飼ってるのかな?」 「ううん」少年は首を横に振った。「金魚じゃないよ。カエル」 「あん? カエルだと?」意外な返事に、奥村は拍子抜けした。高価な金魚でも入っていたら、鉢を叩き割って水を抜いて、地面を這わせようと思ったのだ。水中でしか生きられない生物をイジメることに、この上もない快楽を覚えるのだ。しかし、カエルならピョンピョン跳ねて逃げてしまうだけだ。それではつまらない。奥村は少し考え、そのアイデアに彼は酔いしれた。  ナイフを仕舞った。 「脅してゴメンな。カエルを金魚鉢に入れてんのか。ちょいと見せてくんねえかな」  猫撫で声を出して少年に近寄った。 「見るだけならいいよ」  少年はいかにも大事そうに、金魚鉢を奥村の前に差し出した。金魚鉢には、カエルが逃げ出さないように、蓋がしてあった。  奥村は金魚鉢に顔がくっつきそうになるほど接近させた。  体長八センチくらいの緑茶褐色のカエルが一匹、敷き詰めた葉っぱの上で偉そうに座っている。「トノサマガエルか」奥村は訊いた。 「違うよ。カミサマカエルっていう、新種だよ」 「ふーん。カミサマカエルねえ。その辺のカエルと変わらねえじゃねえか。どこが違うんだ?」 「神様が宿っているカエル。三つ目神社の境内が住処なんだけど、そこへ送っていく途中なんだ。だから、もういいでしょ」  三つ目神社は町外れの杜の中にあって、秋祭りの時期になると山車が出され、境内には露店が並ぶ。界隈では有名な由緒ある神社である。 「神様だか殿様だか気にいらねえ。それ、よこせ!」  奥村の獰猛で残忍な本性がむきだしになった。小学生のガキの生意気な口の利き方もアタマに来た。奥村は金魚鉢を強引に奪い取った。子供の顔が泣きそうなったが容赦しなかった。金魚鉢の蓋をむしり取ると、片手を中に入れて、カミサマカエルをむんずと鷲掴みして引きずりだした。同時にガラス製の金魚鉢は路面に落下して、粉々に砕けた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!