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2nd
16の春、俺は彼と出会った。
初めて会った気がしない。
懐かしい匂いのする男だった。
彼は俺を見つけるなりズンズン近付いてきて、
「名前は?」
と聞いた。
正直怖かった。
同じクラスの隣の席。
偶然にしてはできすぎてる。
彼は不器用で言葉が足りないせいで、周りから少し怖がられていた。
けど、俺は彼のことがすんなり理解できたし受け入れられた。
だからすぐに友達になった。
俺は彼を自分の友達の輪の中に入れた。
彼の足りないところを補って、彼も俺の足りないところを補ってくれた。
それだけじゃない。
妙に居心地がいい。
彼と二人でいると眠くなる。
だから昼休みはほぼ彼の膝で眠ってた。
俺はスキンシップが苦手だけど彼に触れられるのも彼に触れるのも大丈夫だった。
彼と出会って一年が過ぎた頃、
「俺、お前のことが好きなのかもしれない。」
と言われた。
「しれない?って何?」
「恋愛とかそんな感じじゃないから。ただこの先、もしお前と離れることになったらって考えただけで息ができなくなる。」
そう言った彼の目から涙がこぼれた。
その涙を見てたら俺の目からも涙がこぼれ落ちた。
自分でも意味が分からない。
なんの涙なのか。
「なんで泣いてんだよ。」
「お前こそ。」
彼は俺の涙を手で拭った。
「お前とは離れちゃいけない気がする。」
彼は真剣だった。
真剣だったからこそ俺は戸惑った。
「何か良く分からないけど、俺もお前といるのは好きだよ。居心地いいし。でも別に離れても大丈夫。」
「離れても大丈夫?」
「俺、高校卒業したらアメリカに留学する。」
「え?」
「でもだからって二度と合わない訳じゃないし。別に連絡とれるし。」
「まぁ、そうだけど。」
「お互い恋人もできるだろうし。」
あの時、俺はあまり深く考えてはなかった。
何故かもう会えなくなるかもしれない、とは思わなかった。
今思うと直感的に彼とは離れない気がしていたのだろう。
俺は留学した先で友達もでき、なかなか充実した生活を送っていた。
刺激的で毎日が楽しかった。
でもふと思うことがあった。
ここに彼がいたらもっと楽しいだろうな、と。
彼がいたら完璧なのに。
そんなことを思ってる自分を変だと思っていた。
時々彼に電話して近況を聞く。
すると彼もまた、同じように思っていたことを知る。
留学先では彼女もできた。
最初は彼女に夢中で彼のことなんかすっかり忘れてのめり込んでた。
なのに時間が経つにつれ気持ちは冷めていく。
結局たった三ヶ月でその恋は終わった。
そんな頃、夢に彼が出てきた。
彼に抱き締められる夢だ。
夢の中なのに感触や温もりがやけにリアルだった。
そして抱き締められてる間、俺はとても満たされていた。
幸せを感じた。
目が覚めて、しばらく不思議な感覚にとらわれた。
そんなことがしばしばあった。
どうかしてる。
男に抱き締められる夢を見て心が落ち着くなんて。
そんな自分を受け止められず、反発したくなって俺は日本から帰っても彼と会おうとしなかった。
もし自分がゲイだとしても、彼とは一緒になりたくない。
でもどんなに逃げようとしてももう蜘蛛の糸の中にいるような気持ちになる。
彼は頭の隅でいつも息をしてる。
それから何年経っただろう。
友人が主催の美術展に行くと一枚の写真に引き寄せられた。
それはどこかの高校の校舎だった。
行ったことなんてないはずなのに知ってる。
「この高校、廃校になるらしくて最後に撮ったんだって。」
「誰が?」
「久しぶり。」
聞き覚えのある声。
振り返りたくなかった。
何故、俺たちは出会わなければならなかったのか。
「また会えると思ってた。」
「なんで。」
「この写真撮ったの俺。でもまさか再会がここになるとは。」
「会わない方がいいと思ってた。」
「そう思ってると思ってた。」
「なんで?」
「なんとなく。逃げられるのはこれが初めてじゃない気がしてた。」
「お前何者?」
「何者でもないよ。...この高校、懐かしい感じがしないか?」
「あぁ。だから足が止まった。」
「もしかしたら昔ここにいたのかもな、俺たち。」
昔、というのはつまり生まれる前。
だとしたら俺と彼は何度目なんだろう。
何度出会って別れたんだろう。
「で、どうする?」
「え?」
「俺はもう離れたくないけど。そっちはどう?」
「...まだ分からない。でも逃げるのは嫌だな。なんか。」
そうは言ったが、結局俺は彼と一緒にいるとは決めきれなかった。
最期まで中途半端に寄り添っていた気がする。
彼は愛してると言ったけど、俺は最期まで言えなかった。
言えないままだった。
彼が病に伏して意識が混濁して俺のことも認識できなくなった頃、ようやく俺は気付いた。
彼の手を握って願っていたことは、何もしてくれなくてもいい。
ただ生きてここにいて欲しい。
それだけだってことに。
そしてそれが愛だということに。
でも遅かった。
きっと前の俺はそんなことにも気付かずに終えたのかもしれない。
彼が亡くなってから、俺は次の自分に手紙を書くつもりで小説を書いた。
タイトルはネオングロウ。
ネット上に投稿した。
見つけてくれるだろうか?
見つけられるだろうか?
次こそはちゃんと逃げずに彼と向き合って愛してると告げて欲しい。
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