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 孤児院の食堂にナディアは一人でいた。いつものように用事を済ませていたナディアは、物音に気づいて手を止める。振り返ると、そこにはノアが立っていた。 「やぁ」  太陽の日差しの下でノアが微笑む。 「こんにちは、ノアさま」  ここに来るときはいつも軽装のノア。軽装、とは言っても上質なシルクのシャツにジャケットを羽織るその姿は、この町には不釣り合いだった。それでも、すっかり孤児院の常連になったノアの存在をこの町は快く受け入れている。それもすべてはノアの温かな日差しのような人となりの賜物である。 「何してたの」  ナディアの手元を覗き込む。 「足りない食器の数を数えていたんです」  テーブルの上に広げられた食器は、どれも年季が入ったものばかり。中には欠けているものもある。  なるほど、とノアはナディアの向かい側に腰を下ろした。 「子どもたちが割ったりしてしまうので、最近足りなくなってきて……。必要な数だけ買い足そうと思って」 「そっか、僕の家で使っていない食器でも持ってこようか? 使われずに眠ってるのが山ほどありそうだよ」 「ありがとうございます」  アリスがいたら「これだからお坊ちゃまは」というセリフが聞こえてきそうだとナディアは苦笑した。 「でも、大丈夫です。もうすぐバザーがあるので、きっと安く買えると思います」  ノアの家にある食器一枚で、孤児院の数日分の食事が賄えるだろう。いや、それ以上かもしれない。そんな食器を子どもたちに使わせるなんて、とてもじゃないができない。割ってしまった日には目も当てられないだろう。 「バザー?」 「はい、町内で年に数回開かれる催しで、各人が不要になったものを持ち寄るんです。年の瀬に開かれる今度のバザーは屋台も出てちょっとしたお祭り騒ぎですよ」 「へぇ、面白そう。僕も行ってみたいな」 「――ったく、これだからお坊ちゃまは。庶民を冷やかしにでも行くつもり? やめてよね、社会見学じゃないんだから」  ピシャリと放たれた言葉に、ナディアとノアが振り返る。 「アリス」  両手に大量の皿を持っていたアリスは、足でドアを閉める。庶民の暮らしでは何の変哲のないシーンだが、孤児院に来たばかりの頃、ノアがよく目を丸くしていたのを思い出した。  まさしく「いい所のお坊ちゃま」であるノアが、こうしたレディの大雑把な振舞いを目にする機会はなかったに違いないから無理もない。それから考えると、ノアもすっかり庶民の生活に慣れたものだとナディアは思った。 「アリス、手伝うよ」  厳しい物言いにノアを心配するナディアだったが、当の本人は気にする素振りもなく、それどころか素早く立ち上がるとアリスの手から皿を受け取った。 「気が利くじゃない」 (素直にありがとうって言えばいいのに……)  そう思うが、ナディアは口には出さないで二人を見守る。 「僕はお坊ちゃまだからね、困っているレディは放っておけないんだ」  慣れとは恐ろしいもので、最近ではノアはアリスの嫌味に返すようにまでなっていた。アリスはアリスで、そんなノアを「言うようになったじゃない」と鼻で笑う。 「――おいおい、開けといてくれても良いんじゃないか?」  閉まったばかりのドアが再び開いたかと思えば、テオが姿を見せた。その手にはアリスと同様に食器を持っていた。 「あ、ごめん、テオ。忘れてた」 「ったく、気が利かないヤツ。――よっこらせっと」 「あ、テオ、ゆっくりね」  ナディアの忠告にテオは「わかってるって」と返しながらそっと食器をテーブルの上に置いた。 「これで全部だな」 「ありがとう」 「結構減ってるわねぇ。こりゃ足りないわけだ」 「新しい子も入ってきたしね……」  決して喜ばしいことではないが、つい最近新しい子どもが一人孤児院に連れてこられた。年齢はアーチュウと同じ頃の女の子で、両親を流行り病で亡くしたらしい。 「来週のバザーに連れてってあげよう」  悲しみが癒えない少女の顔が浮かんだのだろう、アリスの提案にみんなが頷く。 「僕も連れてってね」  爽やかに笑うノアを、誰が拒めようか。さすがのアリスも肩をすくめるだけだった。
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