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 リュカは、執務室で椅子に深く腰掛けて天を仰いでいた。  深く息を吐く。  目を閉じれば自ずと思い浮かぶ、ブルーグレーの美しい瞳。  そして溢れる涙。  仮面を取ったナディアの顔が、頭からはがれなかった。  ナディアの瞳は、これまで目にしてきたどんな宝飾品よりも、美しく、透き通りリュカを真っすぐ射抜いた。 『この涙は…、うれし涙です』  ナディアのあれほどまでに強いまなざしを今まで見たことがなかったリュカは、正直度肝を抜かれた思いだった。  恥ずかしそうに、けれども精一杯の笑顔で返すナディアがたまらなく愛おしくて、あの時レオンとシャルロットが来なかったら押し倒してしまっていたかもしれない。  同時に可愛い二人を思い出して、リュカの顔がほころぶ。 『えー? ねーねとリュカは結婚するんだからもう家族じゃん』  ふって湧いたリュカの事を、当然のごとく「家族」の様に接してくれるレオンとシャルロット。年の離れた兄妹というよりも、リュカにとっては自分の子どもといった方が近い存在のように感じている。  今では、リュカにとって、ナディアだけでなくレオンとシャルロットも替えがたい存在となっていた。 (ナディアは……結婚についてどう思っているのでしょうか……)  シャルロットに『リュカさまと結婚しないの?』と尋ねられて『先のことはわからない』と濁していたナディア。あの時、リュカには彼女がどんな表情をしていたのかは見えなかった。  ナディアへの想いが確たるものになった今、リュカは今すぐにでもナディアと結婚したいと思っている。  しかし、そうするには、ナディアの気持ちを確かめなければならない。 (相手の気持ちを知るのがこれほど怖いとは)  拒絶されることへの恐怖が、いつもリュカを怯ませる。  これまで一方的に寄せられる好意を受け流すだけだったリュカにとってそれは、知ることのなかった感情。  今さらながら、ろくでもない付き合いしかしてこなかった愚かな自分を責めた。  しかし、いつまでも怖がって逃げているわけにはいかないのはリュカも重々承知。  どこかで腹を括らなければならないのだ。 「はぁ……」  もう一度でたため息は、深く重たかった。
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